「アメとムチ」を使い分けるバスケットボール日本代表指揮官 トム・ホーバスのすごさとは

永塚和志

「小さいから勝てない」は好きじゃない

代表でのホーバスHCの指導で河村勇輝(左)も急成長を見せた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 野球でワールドベースボールクラシックが始まった当初、他国に比べてパワーで劣る日本代表チームは「スモール・ボール」を謳い、バントや足を積極的に使いながら投手力で勝ち切る戦い方をしていた。バスケットボールの日本代表も身長の不利を埋めるための「ファイブアウト」「ストレッチフォー」といった戦術を採り入れている。

「ファイブアウト」とはオフェンス時にコートに立つ5人全員が、そして「ストレッチフォー」は主に4番(=パワーフォワード)が3Pの外にポジションを取るもの。いずれの場合も日本のビッグマンが外に出ることで相手のビッグマンも外に出ざるを得なくなり、リング近くにスペースができることで攻めやすくなる。また、攻守の切り替えを早くし、相手が自軍コートに戻ってファイティングポーズを取る前に攻撃をしかける回数も多くしようとしている。

 ホーバスHCは得点の効率の高さも求めており、2Pシュートの1.5倍である3Pシュートの数を増やすことで1本のシュート成功の価値を上げることを強調している。相手に50%の確率で2Pを決められたとしても、3Pを4割前後入れられれば勝つことができるということになる。東京オリンピックでの日本女子代表は、3Pで38.4%という全体1位の成功率をマークし、銀メダルにつなげた。

 こうしたバスケットボールを志向していることを踏まえて、ホーバスHCは富樫勇樹(千葉ジェッツ、167cm)と河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ、172cm)という小柄なポイントガードを2名、ワールドカップ本番のメンバーに選出することが濃厚と見られる。小柄な選手はディフェンス時に相手から狙われやすく不利となり、12しかない大会本番での椅子のうち2つをそうした選手に使うのはリスクのある編成だ。

 しかし、ホーバスHCにその逡巡はない。富樫らの身長の小ささはチームによるディフェンスでカバーできる。小柄でも逆にスピードによる有利さがあり、“攻撃的な守備”をすることでプレッシャーをかけられるといった利点もあるからだ。

「相手が大きいから(小さい選手を使うのはどうか)という考え方は好きじゃないです」

 ホーバスHCはそう語気を強める。リスクを考えるよりも、自分たちのバスケットボールをやり切ることに集中すべきだという発想だ。

選手たちも「トムさん」を信じ切る

ホーバスHCがタイムアウトなどでホワイトボードなどを使うことはない 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 自分たちのバスケットボールをやり切る――。これこそが、ホーバス氏を他の多くのHCたちとは一線を画する存在にしている部分だ。男女の日本代表で指揮を取る中で同HCが選手たちに求めた最も重要な作業は「自分たちのやり方で100%勝てる」という信念を植え付けることだった。

 それは、迷いを断ち完全な集中力でコートに立つ前提作りと換言できるかもしれない。そのためもあってか、同HCは選手たちにそれぞれの「役割」を与えている。役割を理解した選手たちは試合中より高い集中力で戦うことができるからだ。

 クォーター間やタイムアウトで、ホワイトボードを用いて戦術を確認するといった多くのHCがすることをホーバスHCはほとんどしない。それよりも同HCは自らの口から出る言葉によって選手たちの気持ちを鼓舞し、気合を入れる。日本のスタイル、自分たちのすべきことは改めて確認するべくもない、といったところだ。

 目前に迫るワールドカップで、日本は世界の強豪と対戦する。厳しい戦いになるのは必至ながら、その中でホーバスHCはできるだけ勝利の可能性を広げるべくサイズのない日本に合った戦術を採用している。

 しかし、どれだけ優れた戦術も選手たちがそれにとことん順応し、その先にある勝利を手にするのだという強い信念がなければ「宝の持ち腐れ」となる。

「アメとムチ」を巧みに使い分ける優れたモチベーターのホーバスHCだからこそ、選手たちは厳しい練習に耐えながら、彼のスタイルを信じて戦い続けるのだ。

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著者プロフィール

茨城県生まれ、北海道育ち。英字紙「ジャパンタイムズ」元記者で、プロ野球やバスケットボール等を担当。現在はフリーランスライターとして活動。日本シリーズやWBC、バスケットボール世界選手権、NFL・スーパーボウルなどの取材経験がある

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