「アメとムチ」を使い分けるバスケットボール日本代表指揮官 トム・ホーバスのすごさとは

永塚和志

試合中には大声で怒鳴る場面もあるホーバスHCもオフコートでは人が変わる 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 今月25日に開幕するFIBAワールドカップへ向けて、日本男子代表が精力的に準備に取り組んでいる。

 世界の強豪相手に挑むこのチームを率いるのが、2021年9月に就任したトム・ホーバスヘッドコーチだ。

 2021年の秋に同代表の指揮官に就任した彼がどんな指導者で、どこが優れているのかを、少し具体例を出しながら紹介したい。

拍子抜けするほどの「優しさ」

 元NBA選手で日本リーグでもプレーしたホーバスHCの最大の特徴は、卓越したモチベーターであることだ。一昨年の東京オリンピックでは、同じく指揮官として日本女子代表を史上初の銀メダルに導いたことは広く知られているが、選手たちに大声で注意などを与える姿から「鬼軍曹」などとメディアから形容された。同オリンピックが新型コロナウイルスの影響で無観客で行われたこともあって、例えばサイドラインのホーバスHCがオコエ桃仁花(豪WNBL・UCキャピタルズ)に対して「モニカ! もっと集中して!」という怒号がテレビのスピーカー越しからも聞こえ、相手ベンチの選手たちが振り向くといった場面があったほどだ。

 その姿は男子代表でも変わらない。もちろん、選手たちとの信頼関係が構築されていなければできないことだ。男子代表に来てからは最初から選手に向けて大声で指導するといったことはしばらくなかった。

 さらに、そうした厳しい指導姿勢もあくまでコート上でのこと。練習や試合を離れると、人が変わったかのように優しくなるというのは男女代表の選手たちが口を揃えて口にしている。彼らが同HCを「トムさん」と親愛の情を込めて呼ぶのは、彼がどれだけ厳しい指導をしてもそれがあくまでコート上に限った話だからだ。

 男子代表がホーバス体制となってしばらく代表に呼ばれていた寺嶋良(広島ドラゴンフライズ)が紹介したエピソードが、同指揮官がいかに「アメとムチ」をうまく使っているかを示していて印象的だ。就任からしばらく経っていたこともあり、女子代表と同様、同HCが選手たちに厳しい言葉を投げかけてきていないかと問うと寺嶋は「いや、優しいですね」と返してきた。
「ずっと優しいです。練習以外では本当にずっと優しくて、何かイメージとまったく違った人でしたね。本当に優しいですね」(寺嶋)

 しかし一方、ことバスケットボールのことになると、ホーバスHCの「らしさ」が感じられた。寺嶋はBリーグのある試合で25得点と活躍したが、その試合を見ていた同HCは手放しで褒めてくれたわけではなかったというのだ。

「トムさんからは『すごかったけど、褒めないよ』みたいに言われました。というのも僕、第4Qにほとんどシュートを打たなかったんです。それで『なぜもっと打たなかったの』と言われました。トムさんからしたらうち続けて30点、40点取らなきゃいけないよと。それはすごく印象に残っています」(寺嶋)

選手のやる気を引き出す「言葉の魔術師」

左からトム・ホーバスHC、三屋裕子会長、東野智弥技術委員長 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 日本バスケットボール協会・技術委員会の東野智弥氏はホーバス氏を男子代表でのHC招聘を発表した際、彼を「言葉のマジシャン」だと称した。これが言い得て妙だ。

 まず何よりも大きいのが、ホーバスHCが現役時代に日本リーグでプレーし、日本語に堪能であること。通常、外国人がどれだけ熱い言葉を選手にかけたとしても、通訳というフィルターを通してしまうとどこかその熱が伝わりきらなくなってしまう。しかし、ホーバスHCの場合は日本語で直接、選手に指示を与えることができ、選手たちの気持ちにもより直接的に意図が届く。

 昨今の日本代表には帰化選手や海外育ちで英語を主として使う者も増えており、そういった選手たちに対してはもちろん英語でコミュニケーションできる。したがって日本語話者と英語話者がバラバラになりにくい利点もある。

 同HCの「言葉のマジック」が最も端的に発揮された例の一つが、河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ)に対して落ちた「カミナリ」だ。

 昨年8月、日本代表はワールドカップ・アジア地区予選に備えて仙台でイランとの2試合の強化試合を行った。河村は全国制覇をした福岡第一高校時代から広い視野による卓越したパス技術で知られていたが、イランとの2試合目の途中、自らのシュートの隙がありながら打たず、ホーバスHCからベンチに下げられ、味方を探すばかりではなくもっとリングを見て得点にもいかねばならないと叱責されたのだった。

「開いている状況なら『シュートを打たないと自分の強みであるドライブやパスに行けないぞ』と言われて、僕もそうだと思いますし、トムさんがおっしゃることはわかります。開いたらしっかりとシュートを打ちにいかないといけないなと思います」

 その試合後このように話した河村は、これが契機となってパスだけでなくスコアラーとしても開眼。前年、平均10点だった得点は2022−23シーズン、ほぼ倍増となる同19.5点まで伸び、シーズンMVPを受賞するほどの大きな飛躍を果たした。

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著者プロフィール

茨城県生まれ、北海道育ち。英字紙「ジャパンタイムズ」元記者で、プロ野球やバスケットボール等を担当。現在はフリーランスライターとして活動。日本シリーズやWBC、バスケットボール世界選手権、NFL・スーパーボウルなどの取材経験がある

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