「天才レフティ」中居時夫の知られざるキャリア 「巧い選手と戦う」ために、高2で単身イタリアへ

松尾祐希

現在は斉藤光毅(スパルタ・ロッテルダム)のサポート業務に従事しつつ、プロサッカー選手を目指して日本からやってきた若者のバックアップにも携わる。 【写真:本人提供】

 1998年、日本サッカー界は一つの節目を迎えていた。1997年の秋に最終予選を突破し、フランスで開催されたワールドカップに初出場。初の大舞台は3戦全敗に終わったが、大会後に中田英寿が当時世界最高峰のセリエA行きを決断した。三浦知良に続くイタリアでのプレーは大きな注目を集め、ペルージャでは1年目から10得点をマーク。新たな時代の幕開けを予感させた。

 時を同じく、ひとりの日本人選手が人知れず、海を渡ろうとしていた。横浜マリノス(現在横浜F・マリノス)の育成組織でプレーしていた中居時夫である。セリエAでプレーする日本人選手がもうひとり誕生する可能性があったのだ。1998年の夏の出来事である。

 当時は海外でプレーする選手はほとんどいない。初出場した98年のワールドカップ・フランス大会は、Jクラブに所属する選手だけで挑んでいた。Jリーガーはもちろん、高校生が欧州でプレーするなど全く考えられない世の中である。

 そんな時代に中居は高校2年生の夏に海を渡り、当時育成年代でトップクラスの評価を得ていたセリエA・トリノのトレーニングに参加。プリマヴェーラ(日本のユース世代)の一員としてトップチームとの紅白戦に出場し、左利きのアタッカーとして高い評価を得た。

 しかし――。中居時夫がセリエAでプレーする機会はもちろん、Jリーグの舞台で活躍する日は最後まで訪れなかった。天才の身に何が起こったのか。サッカーを愛し、38歳までドイツの下部リーグでプレーした男の知られざるキャリアと今に迫る。

同年代に敵う選手はおらず。ファンタジスタはいかなる幼少期を過ごしたのか

 中居は1981年の6月10日に横浜で生まれた。3人姉弟の長男。「物心が付いた頃からサッカーボールを蹴っていた」と本人が回顧した通り、幼少期から根っからのサッカー小僧だった。4歳を迎える頃には地元のサッカークラブに入り、日が暮れるまでボールを追い続けていた。

 小学校4年生の時に活躍の場を横浜東SCに移し、中居はさらにサッカーに没頭していく。チームは県大会ベスト8止まりだったが、目覚ましいプレーで存在感を発揮。スキルに加えて、小学校6年生で既に168cmの体躯を持っており、同年代の選手を圧倒できるパワーも兼ね備えていた。

「結構、自由にやらせてもらっていて、攻撃的なポジションはどこでもやる感じ。ファンタジスタタイプの選手で、同年代で戦う相手にはあまり敵がいなかった」

 強烈な個性を示していた中居はJクラブの育成組織からも熱視線を送られる。小学6年生のときに横浜マリノスのジュニアチームと対戦。そこで“ある男”に目を付けられる。

「自分はもう知らないおじさんで、誰だこの人って思いましたよ(笑)。かなり存在感がある人だったんですけど、話して見ると全然違ったんですよね」

 この人物こそ、当時横浜マリノスのジュニアチームで監督を務めていた野地芳生である。後に自身のサッカー人生に深く関わってくる人物だった。

 当時、中居は横浜フリューゲルスの練習場に近い場所に住んでおり、マリノスよりもライバルチームに愛着を抱いていた。チームメイトとともにフリューゲルスのセレクションを受けるのは自然の流れだった。他の仲間たちが不合格になるなか、中居は合格通知を受け取った。

 しかし、中居はより高いレベルを求め、マリノスの選考会にも参加した。

 今だから言える話として、野地に一目置かれていた中居は、余程のことがない限り横浜マリノスのセレクションに合格できたという。もちろん、本人はそんなことを知る由もない。500人ほどの受験者数とレベルの高さに驚きながらセレクションを受験した中居だが、今までにない感情を抱いていた。

「めちゃくちゃ巧い選手ばっかり。これはやばいって思いながらプレーしたけど、でも自分より巧い選手がいっぱいいて本当に楽しかった」

 見事に合格した中居はフリューゲルスではなく、マリノス行きを決断した。

「巧い選手に負けたくない」

 ハイレベルな環境でプレーできる喜びを感じながら、中学1年生からトリコロールカラーのユニホームに袖を通した。

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著者プロフィール

1987年、福岡県生まれ。幼稚園から中学までサッカー部に所属。その後、高校サッカーの名門東福岡高校へ進学するも、高校時代は書道部に在籍する。大学時代はADとしてラジオ局のアルバイトに勤しむ。卒業後はサッカー専門誌『エルゴラッソ』のジェフ千葉担当や『サッカーダイジェスト』の編集部に籍を置き、2019年6月からフリーランスに。現在は育成年代や世代別代表を中心に取材を続けている。

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