“日本に魅了”されたMLB公式記者がWBCを振り返る なぜ、日本と侍ジャパンのとりこになったのか?

丹羽政善
 WBCの取材で来日していたメジャーリーグ公式サイトMLB.comのマイケル・クレア記者。日本のお菓子やフルーツサンド、お弁当などに感動し、次々とツイート。それがある意味、彼の記事よりも注目され、日本でネットニュースに。

 日本ではありふれた風景すべてに感動し、その純粋さも話題になったが、彼が日本に魅了されたのは、もちろんそれだけではない。

 ではクレア記者は、何に心を動かされたのか。

 彼というフィルターを通すことで、普段、当たり前過ぎて良さに気づかない日本の日常や大谷翔平(エンゼルス)のインパクトの大きさ、また、侍ジャパンの掛け値なしの評価が見えてきた。
 4月下旬、彼に話を聞いた。

歌舞伎揚げ、フルーツサンドのとりこに?

 日本ではシーズンが開幕しても、大谷対ラーズ・ヌートバー(カージナルス)の対戦が注目されるなどWBCの話題が途切れることがない。そんな状況を伝えると、「同じだよ。WBCもそうだけど、すでに日本が恋しい」と苦笑した。

 ブルックリンの彼の自宅近くには、日本のお菓子が売っている小さな店があり、週末には日本のコンビニで売っているようなカツサンドなども売られているそう。
「お気に入りはフルーツサンドウィッチ。週末にいったときには、ベリーのサンドウィッチを買うんだ」
 彼は、日本ですっかりフルーツサンドにはまった。
「ナンバーワンデザート。(取材が終わると)コンビニに寄って買って帰った」
 ちなみにスナックでは歌舞伎揚げが1番だそう。食べ物では、日本のカレーライスにはまった。
「特にカツカレー。それが料理では一番かな」

 もっとも、クレア記者が、3週間の滞在ですっかり親日家になったのはそれだけが理由ではない。「日本のすべてが好きになってしまった」というが、特にどんなところが? と聞くと、「互いに敬意を持って接しているところ」と教えてくれた。

「球場の中でもそう。日本のファンのチェコ共和国への声援もすごかった」
 外出して、道に迷っているときにも、日本人の温かさに触れたという。
「こっちがスマホを見ながら店とかを探していると声をかけてくれるんだ」
 お店でも、店員の接客に感心した。
「日本のデニムを買ったんだけど、商品に対する説明も丁寧で、ジーンズを試着しようとしたら、まるでスーツを買うときのような気遣いを受けた」

 彼のSNSを見るとわかるように、彼は大のデニム好き。日本へ行ったら、岡山県で作られているビッグジョンのジーンズを買うと決めていた。「絶対に間違いがいないから」。その写真もツイートしたが、改めて日本で過ごした日々をこう振り返っている。

「自分が幸運だったのかもしれないけど、会ったすべての人が優しくしてくれて、すごい居心地が良かった。それが一番心に残っている」

大谷のさり気ない気遣いから感じた日本人の気質

大谷のパフォーマンスだけでなく、人間性にも魅了された 【Photo by Yuki Taguchi/WBCI/MLB Photos via Getty Images】

 さて、その至るところで感じた気遣いは、大谷の自然な振る舞いの中にも伺えたという。
 そこへ話を進める前にーーやはり圧倒されたのは、日本での大谷人気。

「街を歩いていると、大谷の広告があふれていた」
 街を歩けば、至るところに大谷の看板。オーストラリア戦では、本塁打を自分の広告に当てたが、フィールドでの光景にも目を疑った。
「日本戦の前、韓国チームが、ライバル同士の一戦のはずなのに、フィールドに出てきて、大谷の打撃練習を見ていた。普通はそんなことはしない。今まで、見たことがなかった。毎日がそんな感じだった」

 大谷は日本に帰国直後、名古屋・バンテリンドームで、試合には出られなかったものの、打撃練習を行った。そのときもやはり、中日の選手がダグアウトから大谷の打撃練習を見守り、ビデオなどを撮っていた。

 別の意味で驚きだったのは、実際にWBCが始まり、大谷が打席に入ったときだった。

「大谷が出てくると、思ったより声援が大きくなかった。なぜなら、みんなスマホを出して、応援するより撮影に必死だったから」

 大谷は中国戦で登板したが、投げているときも客席は静まり返っていた。大谷は投げるときに声を出すが、その声が球場内に反響する。静かでなければ、気づくことはできなかった。
 もっとも、それ以上に驚いたのは、大谷本人のさり気なさだと振り返る。

 そんな一つがチェコ共和国との接点。彼は同国との試合後、インスタグラムのストーリーズに、チェコ共和国の選手たちの写真を掲載し、「Respect」と言葉を添えた。

 会見でも、「一番は(彼らが)野球を好きなんだなというのが一番。顔つきを見ても分かりますけど、ゲームをやりながら。そこがレベルうんぬん関係なく、やっぱ好きなんだなというのは尊敬できるところ」と話し、こう賛辞を送った。

「野球に関係なくスポーツ選手として試合を一緒に作っていく対戦相手としてのリスペクトを感じましたし、素晴らしい選手たちだったなと思いました」

 その時点でクレア記者は、日本人が大谷に夢中になるのは、圧倒的なパフォーマンスだけではなく、その人間性にあると気づいたよう。それから数日後、目に留まった1枚の写真に言葉を失った。

「WOW! 彼のことは尊敬していたけど、もっとしたくなった」

 どういうことか?

「彼はマイアミに着いたとき、チェコの帽子を被っていた。あれでまた翔平に対する見方が変わった。あの自然な振る舞いにみんな魅了されたはず」

 そして、そうしたふれあいに国際大会の意義があると言わんばかりだった。
「国の代表が他の国の代表と交流し、理解と絆を深める。野球というスポーツを通して、繋がれるんだということを翔平や日本は理解し、チェコやオーストラリアもその姿勢に応えた。それは、選手だけでなく、ファンもまた、示したといえる」

 確かに、WBCが始まる前、チェコがどんな野球をするのか。そもそもどんな国なのか。興味を持つ人は少なかったかもしれない。WBCが終わってからチェコに対して親近感を持つようになったのだとしたら、それは大谷がつないだ縁でもある。クレア記者はいま、チェコの国内リーグの情報もツイートしている。

ラーズ・ヌートバーの受け入れをサポート

栗山監督と大谷のサポートはヌートバーに疎外感を与えなかった 【Photo by Gene Wang/Getty Images】

 さて、クレア記者はヌートバーがすんなりチームに溶け込めたのも、大谷の役割が大きかったとみている。

「栗山監督と大谷が実に上手くヌートバーを迎え入れた」

 栗山監督は、インタビューなどで盛んにグローバル化の重要性を訴えていた。国境を越えて交流することでお互いの刺激にもなる。さらなる野球界の発展を見据えた上でのヌートバーの選出だった。
 大谷もその監督の思いを汲み、サポートを惜しまなかった。その一つの象徴がペッパーミル・グラインダーのパフォーマンスだったと、クレア記者は捉えていた。

「侍ジャパンの顔であり、リーダーである大谷が、ペッパーミル・グラインダーのパフォーマンスを真っ先にしたことで、チーム内にもファンの間にも普及していった。あれも結局は大谷が彼に『遠慮しないで』と言ったからだと思う」

 代理人が同じダルビッシュ有(パドレス)もヌートバーをサポート。後ろ盾としてはいずれも申し分ない。

「もちろん、いろんな選手が、彼が馴染めるよう気遣いをしていたけど、やっぱり栗山監督と大谷こそが、いい空気を作り、ヌートバーに疎外感を与えなかった」

 ヌートバー自身も壁を作らず、交流に積極的だった。また、侍ジャパンのメンバーから、そしてファンから受け入れられるだけの、人懐っこさもあった。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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