“日本に魅了”されたMLB公式記者がWBCを振り返る なぜ、日本と侍ジャパンのとりこになったのか?

丹羽政善

韓国が優勝と予想するも日本の強さに感服

2年連続で沢村賞を獲得した山本由伸は期待を裏切らない活躍を見せた 【写真は共同】

 ところで、来日し、東京ラウンドで取材を始めてから、クレア記者は日本の強さにも魅了されていった。

「大会前は、いろいろ検討した結果、韓国と日本が決勝で戦うと予想した。そして韓国が勝つとーー」

 それは負けたら終わり。何が起こるか分からないというトーナメントの特性を考えてのこと。「韓国はずっと日本に大事な試合で負けているけど、そろそろ勝つのではと思った」
 ただ、それが間違いだと気づくのにさほど時間はかからなかった。
「ずっと侍ジャパンを取材して、弱点がないことに気づいた」
 中でも先発投手の層の厚さに驚いたという。

 佐々木朗希(ロッテ)については、101〜102マイルの真っすぐを投げること、惜しくも逃したが、昨年の春に2試合連続で完全試合を達成しそうになったことなどをもちろん知っていた。
「実際の彼は大きくて力強かった」と印象を語り、「みんなの期待通りだった」と多くの声を代弁した。
 まだ3月であり、当初は100マイルの球を投げるかどうか懐疑的。ところが3月11日のチェコ戦で100マイル超えを連発すると、クレア記者は、「佐々木は想像を超えた」とうなった。

 2年連続で沢村賞を獲得した山本由伸(オリックス)もまた、彼の期待を裏切らなかった。
「102マイルの真っすぐを投げるわけではないが、カーブは変化が鋭いし、スプリットも落差があった」

 さらに「2人は野球のユニークな面も表している」と、ある意味で対照的な2人をそう評した。

「佐々木は、体も大きく背も高い。山本はそんなに大きくないけど、でも、ペドロ・マルチネス(レッドソックスなど)を彷彿とさせ、ともに圧倒的なピッチングを見せる」

 2人の魅力を語らせたら1時間でも2時間でも続きそうだったが、最後にこう締めくくった。

「(佐々木と山本は)想像を超えるクオリティだった。とにかく2人には圧倒されたよ」

 ちなみに、山本と佐々木は4月14日の試合で投げあったが、その試合をネットで見るためにクレア記者は、「早朝に目覚ましをかけて見た」そうだ。

村上の登場曲がお気に入りに

村上には天性のボールを遠くへ飛ばす能力があるとクレア記者は語る 【写真は共同】

 大会前から気になっていたという村上宗隆(ヤクルト)についても触れてもらった。

「彼は確かいまも不振なんだよね?」と、5月に入って状態が上がってきたが、4月は1割台に打率が低迷し、わずか2本塁打だったことも知っていたクレア記者は、大阪で打撃練習を見たときに、タイミングがあっていないと感じたそう。

「大会が始まる前からおかしかったんだと思う」

 ただ、ずっと彼のことを信じていた。

「彼にパワーがあることは明らかだった。まぐれで56本塁打なんて打てない。一晩で打ち方を忘れるなんてこともない」

 見事に準決勝ではサヨナラ二塁打を放ち、決勝でも本塁打を右翼席上段へ運ぶと、「これで大丈夫と思った」そうだが、だからこそ開幕からの不振は解せない、といった口ぶり。
「プレッシャーなのか。ルーティングが変わったことで、リズムが乱れたのか。去年56本を打ったことで、さらにいいシーズンにしようと力が入ったのか」

 それでも彼の能力には疑いを持たない。

「彼には天性のボールを遠くへ飛ばす能力がある。時間の問題だろう」

 なお、村上については、別の面でも思い入れがある。

「村上の登場曲が大好きなんだ」

 彼は3週間ぶりに自宅に戻ると、奥さんにお土産を渡した後、「聞いてくれ」とYouTubeで村上の登場曲であるファボラスの「マイ・タイム feat.ジェレマイ」を探し、聴かせた。
 過去のことは気にするな。今度は俺の番だーーという歌詞が、まさにあのときの村上の胸の内を表現しているようだと日本でも話題になったが、クレア記者も同じような思いで聞いていたそうだ。

WBC終了に喪失感

 最後になったが、「大谷対トラウト」の場面を振り返ってもらった。

「九回2アウト、1点差の3−2カウント。あの瞬間は珍しく記者席も湧いていた」

 あの瞬間、誰もがタイプをする手を止めて見入った。そしてファンと同じように胸の高まりを抑えられなかった。
「なにか自分は夢でも見ているのかと疑った」とクレア記者。

「だって、あんなことはありえないし、あれが最後のプレーになるとは。野球ファンの一人としては、あの場にいられて幸運だった。むしろ時間が止まってほしいとさえ思った」

 試合後、彼は大会が終わり、がっかりする1枚の写真をツィッターに投稿した。

 あの1枚がすべてを物語っていた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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