首位独走のJ2町田が見せる“不思議な強さ” 黒田監督は「1-0でもOK」のメンタリティをどう浸透させたか?

大島和人

21日の清水戦はDFチャン・ミンギュ(中央)が劇的な勝ち越しゴールを決めた 【 (C)FCMZ】

 第17節を終えた2023年のJ2で、FC町田ゼルビアが首位に立っている。チームは5月13日の東京ヴェルディ戦(1○0)、17日のレノファ山口戦(2○0)、21日の清水エスパルス戦(2○1)と続いた連戦を3連勝で乗り切った。勝ち点39は2位・東京ヴェルディと「7差」で、混戦からはっきり抜け出している。

 黒田剛監督は青森山田高の監督を長く務め、全国制覇を7度も経験していたとはいえ、プロの指導歴が全くない“新人指揮官”だ。しかし昨シーズンは15位に沈んだチームが、Jリーグの常識ではあり得ない戦いぶりと快進撃を見せている。

優勝候補筆頭の清水を終盤に圧倒

 黒田ゼルビアにとって、21日の清水戦は今までにない勝ち方だった。町田は“保険”を手厚くかけて試合を運ぶ堅守のチーム。対する清水はJ2に降格したものの昨季のJ1得点王チアゴ・サンタナ、元日本代表の乾貴士らを前線に揃える攻撃的なチーム。ここまでの得点数はJ2最多で、さらに秋葉忠宏監督が4月に就任して以後は6勝2分け1敗と上り調子だった。

 町田はその清水を、試合終盤に攻め立てた。ボールを足元で動かし、相手陣に押し込んでチャンスを量産した。75分にミッチェル・デューク、86分に荒木駿太、91分に藤尾翔太と相次ぐ決定機を“3連続ポスト直撃”で逃したものの、95分にはセットプレーからの波状攻撃でDFチャン・ミンギュがゴール。ラストプレーに勝ち越す劇的な展開で、J2優勝候補の筆頭を叩いた。

 清水はサンタナをベンチに温存し、59分からピッチに投入した。終盤に勝負を懸ける狙いは明らかで、サンタナや乾、カルリーニョス・ジュニオは敵陣の密集地帯へ果敢に切れ込もうとしていた。しかしホーム町田はガードを固めるのでなく、フルパワーのパンチで打ち返した。清水が前がかりになってバランスを自ら崩した影響もあり、町田は奪ったボールを敵陣へ難なくつなげる状況になっていた。

「我々も足の速い選手が入っていたものですから、背後にボールを落としたりする中で、清水さんの間延びが生じて、そこを我々がうまく拾えた。最悪1-1でも問題はないと思ったのですが、我々のリスタートが相手陣で続いたことにより、(清水は)11人全員がゴール前に戻るシチュエーションだった。クリアも我々が100%拾えるような状況がずっと続いた」(黒田監督)

 町田にもエリキ、ミッチェル・デュークといった強力な外国人アタッカーはいるのだが、チームは彼らが交代したあとに勝ち越した。若手選手のハードワーク、スピード、何より組織力で、オリジナル10のタレント軍団を圧倒していた。

「高校サッカーで全国優勝したぐらいの感動」

黒田剛監督(右)が快進撃の立役者だ 【(C)J.LEAGUE】

 空中戦はJ2最強レベルの池田樹雷人が負傷したことで、前半途中からセンターバックに藤原優大が入っていた。ラインコントロールや足元の技術を強みとする藤原が入ったことで、試合運びの味付けが少し変わっていた。

 守護神のポープ・ウィリアムは振り返る。

「チームとして(DFラインを)高く保っていきたいと狙いがあります。選手が自分たちから勝ち点3を取る意思を示して、それによってラインも上げられるようになりました。取りに行く姿勢を見せ続けたことが、ゴールにつながった。(清水戦の勝利は)勝ち点3以上の価値があると思います」

 黒田監督らしい「相手の嫌がる工夫」も随所に出ていた。清水戦は前半からロングスローを多用していたのだが、監督は試合後にこのような種明かしをしていた。

「ロングスローも含めたリスタートが我々のポイントで、清水さんもそこは警戒したと思うのですが、今日はチアゴ(サンタナ)でなく(長身でセットプレーの守備が強力な)オ・セフンが最初に来ていました。左右のスローインを一つ一つのロングスローにすることで、FWを必ずゴール前まで戻す作業ができる。点数の入る入らないとは別に、トップ(FW)をゴール前に戻させられれば、我々にとって効果があるのではないか?という狙いでした」

 52歳の指揮官は試合後にこう喜びを言葉にしていた。

「私は高校サッカーから来ましたけど、高校サッカーで全国優勝したぐらいの感動と喜びがありました。それぐらい嬉しいゴール、勝利だったと感じています」

「前半1-0」から守り切る勝ち筋

 とはいえ今季の町田の強さは第一に守備力だ。17試合8失点というJ2最少失点の堅守が、勝ち点39(12勝3分け2敗)の好成績を支えている。複数失点を喫した試合はまだ一つもない。

 定番は前半に先制し、そのまま割り切って守りに移る“先行逃げ切り”の展開だ。実際17試合中10試合の前半をリードして終えていて、すべて勝っている。そのうち8試合は「1-0」で前半を折り返していた。逆に「前半でリードを奪えなかった町田」は2勝3分け2敗にとどまっている。

 17日の山口戦も1-0で前半を終え、終盤に追加点を挙げる2-0の勝利だった。黒田監督は試合後にこう述べている。

「仮に1-0で終わっても問題がない、それが一番素晴らしい勝ち方だという意識づけを選手たちにした上で後半に送り出しました。決して派手さはないですし、地味かもしれませんが、これが町田の勝ち方のスタンダードです」

 山口戦もそうだったが、上位下位関係なく、町田がボール保持率で相手を上回る試合はほぼない。相手チーム側のコメントは、負けてなお町田を下に見るものが目立つ。SNSに流れてくる相手サポーターの発信を見ても「ウチの流れだった」「なぜ負けたのか分からない」といった内容が多い。

 しかしこれだけ同じような勝ち方を繰り返しているのだから、偶然ではない。結果的に町田はボールを握る、試合を支配するといった要素が勝敗に直結しないことを証明している。業界の常識に染まった人ほどがこの現象について「内容のないサッカー」「勢いだけ」と受け止めている様子もあったが、それは間違っている。

 相手を視野に入れつつボールと正対する原則の徹底、ボールを“外回し”させるための立ち位置修正といった打ち手も試合ごとにあるのだが、黒田ゼルビアは「相手にゴールを割らせない」ことを最優先にして成功している。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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