連載:愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方

フロンターレの初タイトルが川崎にもたらした経済効果より大事なもの

原田大輔

まちのシンボルとして根づいたフロンターレ

【(C)川崎フロンターレ】

 2022年11月8日、川崎フロンターレがホームスタジアムとする等々力陸上競技場がある等々力緑地の再編整備実施計画において、PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)に基づく事業として、総合評価一般競争入札方式による入札及び提案審査が行われ、落札者が決定した。代表企業を東急株式会社に、構成企業には富士通株式会社のほか、株式会社川崎フロンターレも加わっている。それはすなわち、等々力陸上競技場の再整備に、クラブが大きく関わっていくことを意味している。

「スタジアムだけではなく、等々力緑地全体の価値をどう高めていくかと考えたとき、サッカーだけでなく、多くの団体が自分のチームのために、等々力緑地をスポーツの聖地にしたいと考えています。そうしたとき、フロンターレが持つノウハウは欠かせませんし、海外のスタジアムやアリーナがそうであるように、スポーツ産業と関連産業を含めれば幅広い事業になるので、フロンターレが持つ経験、知識、アイデアには非常に期待しています」

 最後に、川崎フロンターレは川崎のまちのシンボルになったのかを尋ねた。

「タイトルを獲る前から、シンボルといったイメージはありました。しかし、シビックプライドの話をしたように、タイトルを獲ったことでより市民の受け止め方が変わり、それによって、シンボルとして根づいたと思います」

 全国の市長会に出席すると、他市の市長から「フロンターレ、強いですね」と、話題を振られる機会も多い。福田市長は、そこで改めて、川崎フロンターレがまちのシンボルとして存在していることを感じるという。

 福田市長もまた、熱狂的なサポーターの一人とつづったが、一人の夫として、一人の父親としての会話がそれを強く感じさせてくれた。

 朝食をしていると、妻がこう話題を提供してくる。

「小林悠選手の家はこんな料理を食べていたみたいよ」

「やっぱり、さすがだね。栄養バランスが取れているね」

 小林悠の妻がInstagramで紹介した料理を見て、家族の団らんが始まる。それは間違いなく、福田市長がアメリカに留学していた時代に見ていた、感じていた光景だった。

 そんな会話をしている、という話を聞いて思った。

 川崎フロンターレは、川崎にとっての「 MY TEAM 」であり、「 OUR TEAM 」になっている。

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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