春高でみえた高校バレーの進化 各チームを支える「アナリスト」の活躍

田中夕子

準決勝からは有観客となった春高バレー 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 新型コロナウイルスのまん延から早3年、多くの競技現場で入場制限や選手の事前検査などが撤廃されつつある中、1月4日から8日まで東京体育館で開催された全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称“春高バレー”は大会3日目まで無観客の中開催されただけでなく、出場チームの選手を含めた関係者の人数も厳しく制限された。

 部員数が多ければ、会場入りできる人数すら限られる中、ふとベンチに目を向けると男子の試合ではジャージ姿で監督の隣に座る選手、あるいはユニフォームを着た選手がパソコンを手に、試合を見守り、声をかける姿があった。

 彼らが何をしているか。「アナリスト」と呼ばれ、試合中に目の前で繰り広げられるプレーの1つ1つをリアルタイムで専用のデータソフトに入力し、スパイク、ブロック、レシーブ、サーブといった1つ1つのプレーが数値で表される。各国代表チームや、Vリーグ、大学では珍しくない光景が、ついに高校バレー界でもここまで浸透してきたか、と改めて気づかされた。

 さらに印象的だったのは、大会3日目、3回戦で東山高に敗れた直後の県岐阜商・辻裕作監督があえて「これは記事にしてほしい」と発した言葉だった。

「選手はよく頑張ったと思いますが、挑戦者ではなく勝てると自信をもって臨んだ試合なので、負けて悔しいというよりも、勝てる試合を勝てなかったことが悔しい。何より、この試合、次の準々決勝のために寝る時間も削って誰より一生懸命、チームのために、と準備してくれたマネージャーの野﨑(琉来)に報いることができなかったことが本当に悔しいです」

 あえて選手名を上げるだけでなく、しかもそれがコートの中で主力として活躍する選手ではなく、マネージャー兼アナリストを務める選手の名であり「記事にしてほしい」と思いを伝える。その言葉だけで、目立たずとも彼らが果たす役割の大きさが十分に伝わってきた。

「チームのために1つでもこぼしたくない」

 1年前、高校2年時の春高に野﨑は選手としてコートへ立った。だがその直後、チームが新体制を迎えるにあたり、辻監督からマネージャーにならないか、と切り出されると即決した。

「先生に頼られることがすごく嬉しかったし、その期待に応えたかった。マネージャー兼アナリストとしてチームのために役立ちたい、と迷わず引き受けました」

 とはいえ最初からうまくいったわけではない。サーブを打つ位置、そのサーブがどこに飛んで、誰がどの位置でレシーブし、どこに返球されたか。そのボールを誰がトスにして、セッターならばどこへ上げ、誰が打ったか。そしてその打球がどこへ飛び、決まったのか、つながれたのか。リアルタイムにこれだけのデータを打ち込む入力作業もさることながら、最も気を配ったのは選手とのやりとりだ。

 同じ選手という立場であれば、1つ1つのプレーに対してもっとこうしたほうがいいのではないか、と気兼ねなくアドバイスもできるが、選手ではない立場で同様にアドバイスをして、選手はどう受け取るのか。まずは“自分”という人間を理解してもらうために、と日頃からコミュニケーションの取り方を考え、声をかけるタイミングや、選手が何気なく出すサインを見逃さぬように気を配る。選手同士だった頃とは異なる関係性を1から築いた成果は、春高でも現れた、と嬉しそうに語る。

「県予選の時から試合の出だしが悪いことが課題でした。全国大会で序盤に流れへ乗れるか、乗れないかは勝敗に左右すると思ったし、そこで県岐商の強みであるブロックを生かしたかった。2回戦の慶応義塾戦は、相手のデータや映像を何回も見返すうち、この場面でこういう攻撃が来る、と確信を持てたので『絶対にクイックが来るから、セッター後ろからのクイックにコミットしていいよ』と伝えたら、本当にその通り、ブロックポイントからスタートすることができたんです。その時、選手から『データのおかげだよ』と言われて本当に嬉しかったし、チームの力になれた、と実感することができました」

 大会3日目は3回戦と準々決勝が同日に行われる、ある種異常な日程で、選手にとっても大きな負荷がかかるが、分析するアナリストも同様だ。そもそも前日の時点で対戦が決まっているのは3回戦のチームのみで、準々決勝はどちらが上がってくるかわからない。そのため、2回戦を終えて宿舎に戻って以後、夕方から翌日3回戦で対戦する東山高の分析に加え、準々決勝で対戦する可能性がある近江高と山形中央高のデータを作成する。もちろん食事は用意されていたが「チームのために1つでもこぼしたくない」と没頭した結果、満足に食事を摂る時間も取らず、睡眠時間もわずか。「極限状態で会場まで来た」というのも決して大げさではなく、過密日程の弊害でもあるのだが、野﨑自身は「むしろ自分がしたくてやったこと」と笑みを浮かべる。

「選手が今まで積み重ねてきたことを結果として残したいと思うのと同じで、僕もチームが結果を出すために全部やり尽くしたかったし、喜ぶ姿を見たかった。負けたのは悔しかったですけど『ありがとう』と声をかけられて、アナリストって魅力的な仕事だな、って改めて思いました」

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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