[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第21話 会長の本音と建て前
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。
木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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広報の呼びかけで、記者たちが前に集まった。壮行試合で結果が出なかっただけに、ピリピリとした雰囲気がある。いきなり核心を突く質問が飛んできた。
「新監督のノイマン、大丈夫ですかね? いきなり1対3で負けて、内容もボロボロでした。前監督のオラルとはかなりゴタゴタがありましたが、新監督とはコミュニケーションを取れているんでしょうか?」
【(C)ツジトモ】
「そのためのSDとPAですからね。PAはスイス合宿から合流する。しっかりとコミュニケーションを取れていると思いますし、これからも取ろうと思います」
SDとPA――。冨山の鶴の一声で、W杯予選が終わった後に新設された役職のことだ。
SDはスポーツディレクターの略。育成年代でどんなサッカーをするかというコンセプト作りから、代表監督の選定・査定までを行う。日本サッカー界の競技面のボスだ。1人に権限を集中させ、責任をはっきりさせるのが狙いだ。
もう1つのPAとはパーソナルアシスタントの略。代表監督がチームの強化に集中できるように、あらゆるサポートをするのが役目だ。グアルテオラはバルサロナの監督に就任したとき、水球のスター選手だったエスティアルを「渉外担当」という名前でスタッフに入れ、その後もそばに置き続けた。日本代表も参考にしない手はない。
この2つのポストを新設したのは、W杯予選中、冨山はオラルとの関係に悩まされ続けたからだ。
冨山は広告代理店出身で、日本リーグのチェアマンを経て、日本サッカー連盟の会長になった。社内の調整は得意分野で、他国のサッカー連盟の会長ともうまく付き合ってきた。
だが、オラルは強烈だった。何か質問をすると、手腕を疑われたと感じるのか、いきなり激高する。質問と答えがかみ合わないことも多い。とにかく会話が成り立っている感触が乏しいのだ。
それは選手との意思疎通でも同じだった。W杯予選の途中から、選手たちから「意見を言おうとしても、聞く耳を持ってもらえない」という不満の声が上がり始めた。
通訳に問題があるのかもしれないと考え、抜き打ちで訳の質を検査したことがある。結果は「問題なし」。なぜ会話が成り立たないのか? なぜもっとこちらを信頼してくれないのか? なぜ常に相手より上位に立とうとするのか? 冨山は途方に暮れた。
マウンティングばかりする相手と、信頼関係を築けるはずがない。中心選手でさえ疑心暗鬼になり、チームに芯が通っていないためパフォーマンスの波が大きくなってしまう。W杯のアジア枠は8.5枠もあるにもかかわらず、日本は予選敗退の崖っぷちに立たされた。残り2試合の時点でA組の5位に甘んじ、ホームの中国戦とアウェーのカタール戦の結果次第では、プレーオフに回る危険性があった。
日本代表には何としてもW杯に出てもらわなければ困る。だから予選中はあらゆるサポートをした。だがこれ以上、この監督との未来に発展性を感じない。冨山は予選終了後に監督を交代するプランを、密かに準備した。
だが、そのプランは、ある出来事によって打ち砕かれてしまう。
大一番の中国戦で、日本はセットプレーからの得点を守って勝利し、アウェーでW杯出場を確定させた。不安が大きかった分、北京まで駆けつけたファンも喜びを爆発させた。
当然、冨山も会長として胸をなでおろした。ところがそのお祭りムードの中、予想もしなかったことが起きる。成田空港でセッティングされたW杯出場決定報告の記者会見を、オラルが体調不良を理由に欠席したのだ。体調が悪い人間を無理やり登壇させるわけにはいかない。