[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第21話 会長の本音と建て前

木崎f伸也
 メディアは英雄となった監督の声を求めた。熱が冷めてからでは視聴率は取れないし、新聞も売れない。冨山はメディアから急き立てられ、北京から帰国した翌日、オラルの部屋を訪れ、「体調不良の中、申し訳ないが、ぜひ監督の会見をやってほしい」とお願いした。

 するとオラルはこう返した。

「あなたの気持ちは十分に伝わった。たとえ体調が悪かったとしても、なんとか会見に出よう。だが1つ条件がある。トミヤマも登壇して、横から私を支えてくれないか?」

 自分も登壇することが条件? 意図を読めなかったが、メディアの要求を満たすことに頭がいっぱいで、「もちろんです。喜んで登壇しましょう」と即答した。

 だが、これが取り返しのつかないミスジャッジだったことを、冨山は翌日思い知ることになる。

 会見でオラルはマイクを握ると、まずはドイツ流のジョークを口にした。

「みなさん、昨日は私の体調不良により会見を行うことができず、ご迷惑をおかけしました。普段、選手に厳しい体調管理を求めているのですが、自分が倒れてしまったら示しがつきませんね。もっとスシを食べて、健康になろうと思います」

 微妙な笑いが漏れる中、突然、オラルは冨山の方を見た。

「さて、会見を始めるにあたって、まずはトミヤマに感謝を伝えたい。W杯予選を突破できたのは、選手の頑張りだけでなく、会長のサポートのおかげだ。昨日、トミヤマは今後も私を全力で支えてくれると約束してくれた。これほど嬉しい言葉はない。会長の期待に応えるために、W杯に向けてチームを強化していきたい」

 メディアからしたら、特に面白みのあるコメントではなかっただろう。だが、冨山は驚きのあまりオラルを睨みつけた。

 日本サッカー連盟とオラルの契約はW杯予選までで、予選終了後に契約更新の話し合いを行うことになっていた。もし好成績を出したら監督は年俸アップを要求できるし、一方、予選で敗退したら連盟は任期満了で監督と別れることができる。

 冨山はそこが決別のラストチャンスと見ていた。しかし、オラルはそれを察知したかのように先回りし、会見を利用し、会長が監督を応援しているイメージを世間に植え付けようとしている。

【(C)ツジトモ】

 監督の言葉を否定したら、内部の軋轢(あつれき)を告白するようなものだ。冨山は腹の中で「今すぐ解任したい」と思いながらも、祝福ムードを壊すことはできなかった。

「オラルさんは日本サッカーに欠けていたものを補ってくれました。W杯で結果を出すために、引き続き全力で監督をサポートしていきたいと思います」

 会長になって以来、これほど自分の心を偽って言葉を発したことはない。公の場で監督を支持すれば解任は難しくなることを承知しながらも、“政治家”としての自分が本音とは異なる発言を続けさせた。

 記者から「続投ということでよろしいでしょうか?」と聞かれると、冨山は「当然そういうことになります」と笑顔で応えた。

 オラルの罠にかかった――。冨山は壇上でカメラのフラッシュを浴びながら、オラルがなぜ自分が隣に座ることを条件にしたかを理解した。「W杯出場を決めたうえで解任する」というプランは、この瞬間に吹き飛んだ。

 自分の軽率な決断を、いつまでも後悔していても意味はない。同じ過ちを防ぐために、冨山はSDとPAという新ポストを設けた。この2つが機能すれば、サポートと査定をそれぞれのエキスパートが行うことになる。監督が孤立しづらくなるし、万が一チームが迷走しても解任の決断をしやすくなる。

 ただ、この改革が真に効果を発揮するのは、次のW杯予選からだ。

 オラルを引っ張ってしまったことで、そのしわ寄せが選手にいってしまった。特にキャプテンの丈一を、監督と選手の板挟みにして苦しませている。

 記者から「昨日、一部の選手が丈一にキャプテンを辞任するように迫ったって噂があるんですけど、何か聞いてますか?」と聞かれた。冨山のもとにも報告が上がってきていたが、知らないフリをした。

 ジョー、そして選手たち、なんとかW杯までに1つになってくれ――もはや冨山には祈ることしかできなかった。

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冨山和良会長(トミヤマカズヨシ)

【(C)ツジトモ】

日本サッカー連盟会長
生年月日:1967年10月23日(62歳)
身長:175センチ
経歴:広告代理店→日本リーグチェアマン→日本サッカー連盟会長

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【(C)ツジトモ】

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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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