連載:プロ野球ドラフト史「全12球団“ヒット指名”ランキング」

会心のドラフト指名・広島編 新井、緒方らを上回り1位になったのは?

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新井は98年ドラフト6位で入団。駒大時代は目立つ存在ではなかったが、猛練習によって球団史に残る大打者となった 【写真は共同】

 各球団がこれまでにドラフト指名した選手の中で、一番の“ヒット”だったと言えるのは誰か。無名の選手や他球団の評価が低い選手の才能を見抜き、のちにチームに大きく貢献することになる金の卵を手に入れた「成功例」を識者に挙げてもらい、順位づけもお願いした。第6回は広島。プロ入り後に投手から転向した者も含めて、トップ10のうち野手の指名が9つを占める結果となった。

10位:羽月隆太郎(18年ドラフト7位/内野手/神村学園)

 高校2年夏に甲子園出場を果たしたが、その冬に有鈎骨(ゆうこうこつ)を骨折し手術。高校球児として大事な時期に一度はどん底まで落ちたが、復帰してからの“野球ができる喜びを噛み締めながら全力でプレーしている姿”を田村恵スカウトは見ていた。身長167センチと小柄な選手だが、気迫溢れるプレーに惚れた。

 3年夏の鹿児島県大会は残念ながら初戦敗退となり、1年前からの成長の跡を見せることはできなかった。それでも田村スカウトは、「次世代の二遊間を任せられる選手にきっとなる」とチームに推薦した。ドラフト指名から4年。本人は来季こそと、一軍のレギュラー奪取に燃えている。

9位:玉村昇悟(19年ドラフト6位/投手/丹生高)

 高校は甲子園に一度も出場したことのない無名の公立校に進学した(丹生高は玉村が卒業後の今春の選抜大会に出場)。中学時代は軟式野球部だったが、丹生高の野球部では1年秋から背番号1を背負い、3年夏の福井県大会では大会新記録の52奪三振を記録して“越前のドクターK”と呼ばれた。

 甲子園には行けず、大きなアピールはできなかったが、スカウトが目をつけたのは環境だった。丹生高野球部の指導方針は「自分たちで考えて練習する癖をつける」。玉村は誰かに言われて動くのではなく、毎日自分で練習メニューを考えて取り組んでいた。強豪校ではなかったからこそ、精神的にも順調にすくすくと成長できたのだ。

 これからじっくりと磨かれてダイヤになるか。伸びしろは十分だ。
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著者プロフィール

広島県大竹市出身の芸人で、地元球団である広島カープの大ファンとして知られる。カープ関連のテレビ番組に多数出演し、コラムも執筆。カープのゲームは毎年数十試合スタジアム観戦し、リーグ3連覇を果たした16〜18年の優勝を決めた試合もすべて現地観戦した。1990年2月22日生まれ。本名は向井浩志(むかい・ひろし)。

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