[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第16話 日本的な上下関係
「分かった!」
有芯は突然、大きな声をあげた。
「そうか、ベテランが守備をサボったとき、そのあとに怒る選手が1人もいないんだ。特にアッキーはロス五輪のキャプテンだったんだし、怒鳴り散らして守備を要求してもいい。でも、年上の選手に一切怒ることができてない」
「Was?(何?) どういうこと?」クルーガーが身を乗り出すと、水島が有芯よりも先に話し始めた。
「なるほどですね、他の場面も比較するとさらによく分かると思います。秋山さんは同世代のマルシオやグーチャンの守備が甘いと、強い口調で注意している。なのにジョーさんやゼキさんが守備をサボっても、何も言ってない。明らかに上の世代に遠慮しているんです」
父親がドイツ人のクルーガーは、そこまで説明されても意味が分からない様子だ。
「日本的な上下関係ってやつ? アッキーみたいな選手でも、年齢で意見を言える、言えへんってあるん?」
水島は「それが日本です」と言って、解説を続けた。
「今日はハーフタイムにジョーさん、ゼキさん、高木さんが交代して、後半にパリ五輪世代でピッチにいたのは松森さんだけでした。後半に年上の選手がほとんどいなくなったから、秋山さんの本当にやりたいプレーが出たのかもしれません」
有芯が音声ガイドに伝えた。
「360度プレイヤービューモードで、チリ戦の前半のアッキーの視点にしてくれない? アッキーがボールを持ったとき限定で」
大画面が、秋山がピッチで見ている風景に切り替わった。秋山はボールを持つと、まず目で追っていたのが丈一だった。ところが秋山は見ているくせに、そこにパスを出さない。
【(C)ツジトモ】
「やっぱサッカーっておもしろいなあ」
有芯はそう言って席を立つと、2人に呼びかけた。
「このままじゃ、アッキーもW杯を楽しめないんじゃない? このあと夕食で一緒のテーブルに座って、ジョーさんの代わりにキャプテンになるように提案しようよ。キャプテンになれば、アッキーももっと本音を出せるでしょ」
クルーガーも立ち上がり、身長が30センチ低い有芯の肩に手を乗せた。
「上下関係をぶっ壊そうか。下の世代が遠慮してたら、どんな戦術でも勝てへん。そもそもバラバラなのに誰も言わへんって意味が分からへんワ」
水島が「僕はクーデーターは嫌ですよ」と小声で言ったが、有芯は聞こえないフリをした。
携帯のアラームが鳴った。23:29。夕食開始まであと1分しかない。
「走れ!」
3人は全速力で同じフロアにある宴会場に向かった。
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【(C)ツジトモ】
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【講談社】
代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。
【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
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