[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第7話 選手の主張、監督の諦め
【(C)ツジトモ】
丈一はベンチに訴えたが、オラルから具体的な対応策が示されない。
日本は中盤で待ち伏せするものの、シリアの選手たちがどこにポジションを取っているのかを把握できず、危険なエリアにパスを通され続けた。相手のシュート技術の拙さに助けられて失点せずにすんでいたが、守備は崩壊寸前だった。
気温が30度を越える試合では、審判の判断で給水タイムが設けられる。前半30分に主審がゲームを止め、両チームに給水をうながした。監督としては、戦術を修正する絶好のチャンスだ。
【(C)ツジトモ】
「相手を捕まえられていない。左のジョーと、右のゼキの立ち位置を下げよう。
相手のサイドバックが上がってきたら、2人は自陣に戻ってマークについてくれ。これでマークがはっきりして、相手は自由にパスを回せなくなる」
指示を聞いた瞬間、丈一は疑問を抱いた。FWの自分と今関が後ろに下がれば、日本は6バックになり、相手の5トップに対して数的有利にはなる。しかし、たとえそこでボールを奪えたとしても、前に残っているのはセンターFWの松森だけで、カウンターを仕掛けるのが難しくなる。
みんなで守って相手の攻撃を跳ね返すものの、一向に反撃に出られない――そうなるのが目に見えていた。
そこで丈一は、違う案をオラルに提案した。
「FWが自陣深くに下がったら、カウンターに出られない。中央さえやられなければシュートは打たれないのだから、サイドにいる選手は捨てておいてもいいんじゃないでしょうか。とにかく中央を密にして、もしサイドにパスが出たら、全体でその方向に陣形をスライドさせれば対応できるはずです」
マークにつかず泳がせておき、パスが出たときにキュッと近づいて圧力をかける――いわゆるゾーンディフェンスだ。これなら6バックにならず、4−3−3の立体的な陣形を保ったまま守ることができる。すなわちボールを奪った後に反撃に出やすくなる。
「分かった。ゾーンで守って、マークの受け渡しをすることで対応しよう」
オラルは丈一の意見を受け入れた。
だが、そのやり方はまったくハマらなかった。
日本としては中央を密にしたつもりだったが、相手が神出鬼没に隙間に移動し、「鬼ごっこ」で捕まえることができない。中央の追いかけっこで振り回されると、みんなの体の向きがバラバラになり、サイドにパスを出されたときに組織としてうまく陣形をスライドすることができない。
暑さによる疲労と、攻められ続けたことで、時間が経つにつれて日本の動きは重くなっていく。日本はDFからGKへのバックパスでミスが生まれ、そこから失点して0対1で敗れる。自分たちの戦術的なミスによって、ジャイアントキリングを起こされてしまった。
この試合を境に、オラルの態度が変わった。
以前までは強権的とはいえ、選手の判断を尊重し、ある程度の“余白”を残していた。それが一切なくなってしまったのだ。守備ではすべての局面でマンマークで対応することを求め、攻撃では「前に蹴れ」という指示しか出さなくなった。
監督が選手の力を信じなくなった――丈一はそう感じた。
守備においても、攻撃においても、監督から高校サッカーの部活レベルの指示しか出なくなったことで、急速に選手たちの間に不信感が広がり始める。
溝が決定的に深まったのが、シリア戦から5カ月後の2029年11月のベラルーシ戦だ。ベラルーシは攻撃になると、サイドのMFが内側に入り、サイドバックが極端に上がる変則システムで臨んできた。シリアと同じようなやり方だ。
日本の選手たちは自分たちの判断で、うまくマークを受け渡して対応しようとした。部分的にゾーンディフェンスにしたのだ。
しかし、これにオラルが激怒した。ハーフタイムに「勝手にやり方を変えるな!」と声を荒げ、マンマークに戻させた。結局、日本は防戦一方になり、後半に失点して敗れてしまった。試合後、チームを代表して丈一が守備のやり方の変更を提案したが、オラルは再び爆発し、話し合いにならなかった。
1年後でも数年後でもいい。いつか丈一はオラルに再会したときに聞きたかった。なぜ選手の力に見切りをつけてしまったんですか? 本当にあれが、あなたのやりたいことだったんですか? そもそもなぜ自分をキャプテンにしたんですか?
気がつけば、30分以上ジョギングしていた。いつまでも前監督との出来事にとらわれていても意味がない。丈一はシャワーで汗を流し、ジャグジーの泡の中に体を沈め、ネガティブな思考を断ち切ろうとした。
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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
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