[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第3話 戦術家、ドクター・ノイマン

木崎f伸也
 時計を見ると、オラルとの待ち合わせの時間が迫っていた。分析に熱中しすぎたようだ。

「Ganz knapp」(ぎりぎりになりそうです)

 メッセージを打つと、すぐに分析結果のメモをカバンに入れ、車に乗り込んだ。ドイツ人は時間にうるさく、ドイツ鉄道は1時間以上遅れたら25%の払い戻し、2時間以上遅れたら50%の払い戻しをするルールになっている。オラルも規律にうるさいので、数分でも遅れそうであれば連絡しておいた方がいい。

 車を飛ばして15分ほどで市内に入り、モダンミュージアム近くの路上パーキングに駐車した。

 レーマー広場へ走ったが、信号が赤で待たされる。ドイツでは、歩行者も信号無視が警官に見つかると、罰金を払わなければならない。そのため街中では、ほとんど無視する人はいない。

 信号で待ちながら、広場を見渡すと、中央近くのオープンカフェにオラルの姿があった。後ろを向いて、店員に話しかけている。休日らしい穏やかな時間が流れている。

 だが突如、日常が切り裂かれた。

 急発進した大型トラックが縁石を乗り越え、広場に侵入して人をなぎ倒していった。その先にオラルがいた。

 オラルは背を向けていて、異常事態に気づかない。

「メーメット!」

 ノイマンは大声で叫んだが、声が届く距離ではない。

 広場中央の花壇に当たってトラックが跳ね上がり、オラルに襲いかかるのが見えた。ノイマンは走った。混乱する人たちと肩がぶつかり、よろめきながらも駆けた。

【(C)ツジトモ】

 砂煙を抜けて現れたのは、赤い海に浮かぶオラルだった。

 血で染まった石畳を踏み、手を震わせながらオラルの体へ腕を伸ばした。体温はある。鍛えた胸筋は弾力を保っている。しかし、そこに感じるはずのものが、いくら探しても見つからない。

 オラルの心臓は止まっていた。

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80%の事実と20%の創作――。

代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。

【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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