スポーツする機会が得られない子どもたちへ。スポーツ格差をなくす画期的な仕組みとは
【写真提供:CORD PROJECT】
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さまざまな理由で生まれるスポーツ格差
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「最初は、子どもたちを応援するプラットフォームを作ろうと思っていました。そこでいろいろ調べたところ、子どもたちのスポーツ環境がいびつになっていることを知りました」(池淵氏、以下同)
池淵氏の言う「いびつ」とは、地域間格差や社会的格差、身体的格差などさまざまな理由によって生まれるスポーツ格差のことだ。
「たとえば、最近ではマラソン大会を実施しない小学校が増えています。その場合、長距離走が得意な子どもの才能に気付いてあげられない。また、過疎化によって街にサッカークラブがない、人数が足りないので部活動もできないといった地域では、サッカーに触れる機会さえない。あるいは、DVやネグレクトなどによって施設で生活をしている子どもたち。彼らには助成金が出る場合もありますが、施設によって状況が違いますし、野球やサッカーのクラブでは試合の送迎やお茶当番など保護者のサポートが必要なので、継続するのは難しい」
子どもたちのやる気や資質以前の段階で、スポーツに触れる機会が奪われている子どもたちの環境をどうにかしたい。そこで参加のハードルが低くなるよう、無料のスポーツスクールを開催し、ひとりでも多くの子どもにスポーツをする機会を与えたいと考え、CORD PROJECTが誕生した。
子ども・アスリート・地域・企業、みんながWIN
現役のアスリートから指導を受ける子どもたち 【写真提供:CORD PROJECT】
「安かろう悪かろうでは意味がありません。スポーツの世界の進歩はめざましく、5年前のトレーニング理論はすでに古くなってしまったという競技もあります。ですから、現役でありなおかつ子どもの指導を任せられるアスリートを選んでいます」
もちろん、無料だからといってアスリートたちにボランティアで参加してもらっているわけではない。池淵氏は、東京2020オリンピック以降、多くの実業団チームが経済的な理由から廃部となった事実を目の当たりにし、アスリートの価値の向上ができないかと考えたそうだ。
陸上競技・短距離の選手でもある樋口一馬コーチ(写真中央)など、現役のアスリートが指導にあたる 【写真提供:CORD PROJECT】
受益者である子どもたちは無料で参加でき、なおかつ指導するアスリートは報酬を受け取ることができる。こうした構想を思いついた当初、周囲からは「言っていることの意味がわからない」「後で何かを売りつけようとしているんじゃないの?」などと、懐疑的な目を向けられたという。
「たとえばGoogleは基本的には無料で誰でも使えるインフラサービスになっています。でも、実はあの中にはバナーやリスティングなどさまざまな広告があって成り立っている。だったらスポーツでも、そういうことができるんじゃないか考えたんです」
実際に、CORD PROJECTには多くの企業がさまざまな形で関わり、その活動を支えている。
部活動改革に大企業が集まり、事業アセットを提供
久留米市立諏訪中学校で行った「ブカツ未来アクション」のイベント 【写真提供:CORD PROJECT】
ヤマダホールディングス協力のもと行われた陸上教室 【写真提供:CORD PROJECT】
CORD PROJECTでは無料で質の高い指導をすることで、子どもたちのスポーツにおける教育格差が軽減され、これによってアスリートの価値が上がり、さらにそれを応援する企業の価値もあがるという、プラスのループが生まれている。
誰もがスポーツを楽しめる社会に
福岡県久留米市開催で行われた障がい児イベントの様子 【写真提供:CORD PROJECT】
「近藤先生に、障がい者スポーツを民間の力で変えたい、と相談したところ『お前らしいな、じゃあ全力で手伝うよ』と言ってくれました。そこで近藤先生のゼミ生と一緒に知的障がいのある子どもたちをターゲットに、軽度から重度まで受け入れられる体制を作ろうということでスタートしたんです。最初のイベントは、日大の三軒茶屋キャンパスを借りて開催しました」
知的障がいのある子どもたちを集めたイベントはスタッフや安全の確保や、そのためのコストなど乗り越えなくてはいけないハードルがたくさんあった。そこで池淵氏は連携しているヤマダホールディングスに「僕の声は世の中に届かないかもしれない。でも、一人でも参加してくれる人がいるならやるべきだと思っています。ですから参加者は一人かもしれませんが、資金援助をしてください」と、その思いを伝えたそうだ。ヤマダホールディングスはその場で快諾。イベント当日は、予想に反して多くの子どもたちが参加してくれたという。
「参加してくれた人たちにアンケートをとったんですが、普段は休みの日でも、あまり外に出ることはないそうなんです。でも、後日参加者の保護者の方から手紙をもらって、子どもがいきなり走り出したり、大きな声を出したりしたときに、自分たちはどう見られても構わないけれど、子どもに目を向けられるのが辛かった。だから、こういう場を作っていただいて本当にありがとうございますと書いてあって、やってよかったなと思っています」
障がいのある人に向けたスポーツ支援をするにあたり、池淵氏は知人から「あなたはもしかしたら本当の障がいのある人に今まで出会ってないかもね」と言われ、ハッとしたそうだ。
「それまで、僕の友人のなかには知的障がいのある人がいなかったと気付いたんです。なぜかと考えたら、そういう子どもたちが、社会に出づらい社会構造になっていて、それは優しくない社会だからじゃないかと思いました。子どもの時から、障がいのあるなしに関係なく友達になれれば、今の状況も変わってくる。それを変えられるのがスポーツの力じゃないかと思っています」
スポーツがつくる優しい社会
CORD PROJECTがグッドデザイン賞を受賞。授賞式に参加した際の池淵代表 【写真提供:CORD PROJECT】
「スポーツは目標のために粘り強く頑張るとか、友達と力を合わせて何かに取り組むといったことを通して非認知能力を高めるのに有効だと言われています。スポーツはやらなくても、命にはかかわりませんが、スポーツに健全に取り組むマインドは、共感力やコミュニケーション能力などの非認知能力や、夜空を見て星が綺麗だなと思える感性など、心の豊かさ、人として重要なものを育むんじゃないでしょうか。それに非認知能力が高まれば、国際化やIT化が進む社会でも、きちんと自分を主張して生きていけるようになるはず。ですから僕たちは、スポーツが上手になるというよりは、スポーツを健全に楽しむ人間性を子どもたちに学んでもらえるといいなと思ってやっています」
渋谷区部活動改革で、アスリートから、専門的な指導を受ける子どもたち 【写真提供:CORD PROJECT】
「高みを目指すチャンピオンスポーツのための有料スクールは必要です。しかし同時にインフラとして無料のスポーツスクールがないと社会構造的に辻褄が合わなくなるんじゃないかと思うんです」
CORD PROJECTは、設立からわずか3年余りだが、すでにさまざまな企業や自治体から、自分たちにも何かできないかという相談が持ちかけられているそうだ。しかし池淵氏は、まだまだ関係人口、協力してくれる仲間がほしいという。
「うちのような団体が増えれば増えるほど、世の中の構造は変わる可能性が出てきますし、優しい社会になるんじゃないかと期待しているんです。我々は『全ての子どもたちに平等なスポーツ機会を』というビジョンのもとにやっていますし、やれるまでやり続けるつもりです。でも、我々だけでは限界があるかもしれませんし、同じ考えの企業や団体が出てくることは競争社会においても重要だと思います。それに、我々の考えに賛同してこんな事業をやっているんだけど、何か協力できないかなとかいう企業などが増えてくると、我々の活動ももっと前に進めると思うので、まずは本当に仲間を増やしていきたいですね」
池淵氏は取材中、何度か「優しい社会」という言葉を口にしたが、今、盛んに言われている「多様性社会」とは、「優しい社会」でもあるのかもしれない。社会には自分とは違う立場、考え、状況の人たちがいることに思いを馳せ、格差をなくそうと行動を起こすこと。それらは、非認知能力のなせるわざ。その能力を養うスポーツには「優しい社会」を実現する力があるのかもしれない。
PROFILE 池淵智彦
1982年8月8日福岡県宗像市生まれ。九州共立大学八幡西高等学校卒、日本大学文理学部教育学科卒、早稲田大学大学院卒。プロデューサー、クリエイティブディレクター。25歳で社会人をスタートし2011年に株式会社MINT TOKYOを設立。地方創生や様々な企画やデザインで多くの地域や企業と取り組みを行う。学生時代に大学を卒業するまで陸上競技に取り組んでいたこともあり、コロナ禍で子供たちをスポーツを通じて元気にしたいと社内事業でCORD PROJECTを開始。さらに株式会社MINT TOKYOで培った地方創生や企画デザインや事業開発の経験を活かし2021年に一般社団法人CORD PROJECTを設立。スポーツ産業のインフラとなり新たな事業モデルを創るべくチャレンジを重ねている。
https://cord-project.jp/
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:CORD PROJECT
※本記事はパラサポWEBに2024年11月に掲載されたものです。
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