兵庫の名門・東洋大姫路。野球部創部59年にして夏12回、春8回の甲子園出場を誇り、古豪として多くの高校野球ファンにその名が知られている。2022年夏。東洋大姫路のエースナンバーを背負うのが森健人投手（3年）。

　森はこの春のセンバツもエースナンバーを背負い甲子園のマウンドに立っていた。多くのエースがマウンドに上がる時、胸の内にある想いを秘めている。

　森には特に揺るぎない想いがあった。「恩返し」。それはセンバツを最後に勇退する恩師・藤田明彦監督に甲子園勝利のウイニングボールを渡すこと。

　そして迎えたセンバツ初戦の相手は高知。森は立ち上がりからピンチを招くも、ナインの好守もありスコアボードにゼロを刻む。しかし、疲れの見え始めた5回。高知打線につかまり先制点を許す。打線は2点を返すが、追いつくことが出来ずセンバツは初戦敗退。藤田監督にウイニングボールを渡す事が出来ず、甲子園を去った。

　センバツ初戦敗退。それは甲子園に別れを告げるだけでなく、恩師・藤田明彦監督との別れも意味していた。最後のミーティング。これまで以上に監督の一言一言が心の奥にまで響いてくる。「野球を愛している」藤田監督が発した言葉。これは監督の信念であり、球児たちもその背中を見てきた。

　続いて「そうすれば努力もする、工夫もする、勝ちたい気持ちも上がってくる」「それを最後に伝えてあげたかった」。そして、こみ上げる感情を抑えながら言った最後の言葉「アイ ラブ ベースボール」。

「がんばってな」。最後のミーティングが終わり、藤田監督自身も別れを惜しむように、球児一人ひとりに握手を交わしながら言葉をかけた。

　球児にとって高校野球生活は一生に一度のもの。かけがえのない時間を共に過ごし、分かち合った。監督も球児もあふれる感情が最後まで止まらなかった。エース森も藤田監督の言葉を胸に刻み、高校生活最後の夏を勝ち抜くために、さらなる成長を誓った。

　そして、森の決意を受け止めるべく新監督に就任したのは、球児たちにとっても驚くべき人物だった。

　藤田監督が去り、東洋大姫路野球部の新たな挑戦が始まった。それを後押しするかのように、2022年5月末、グラウンド横に総工費1億4000万円をかけた室内練習場とトレーニングルームが完成した。

　これまで雨の日はほとんど満足のいく内容の練習が出来なかった東洋大姫路。天候に左右されることなく日々鍛えることが出来るようになった。森もセンバツを終えて課題にあげたストレートの威力を上げるため、日々、下半身の強化に励んだ。

　また、春から夏にかけて東洋大姫路が大きく変わったことがもう一つある。新監督だ。

　藤田前監督の後を受けて、指揮を任されたのが、同校OBでもある岡田龍生監督。以前は大阪桐蔭と毎年、大阪代表の座を争った強豪・履正社の監督を務め、センバツ準優勝2回。夏の甲子園優勝1回を成し遂げた名将だ。

　岡田監督がチームを預かって最初に感じた事は「まだ甲子園で勝てるチームではない」。バッティングが弱点と見抜き、まずは打線の強化を図った。

「とにかくファーストストライクを狙っていけ」。岡田監督の指導方法は球児たちのバッティングに対する考え方を変えていった。またバッティング練習時間も以前と比べて増えたという。岡田監督の目指す野球は「相手をねじ伏せる野球」。全国でも屈指の強豪・大阪桐蔭と履正社指導時に激闘を繰り広げてきた岡田監督の経験と魂が今、新生・東洋大姫路に宿ろうとしていた。

　エース森、そして3年生の目標は「もう一度、甲子園へ」。

　しかし、兵庫県大会4回戦で惜しくも敗退。最後はエース森が勝ち越し点を許した。

　岡田監督から3年生へ最後の言葉。「藤田監督の跡を継いで3カ月間指導してきたけど、なかなか1つも上手くいかなくて申し訳なかった。ここ数年の内に日本一になれるようなチーム作りをしていきたい」。それは岡田監督の新たなる戦いでもある。

　最後の夏が終わったあと森は「大学で体作りをしっかりして、いつかはプロ野球選手になって活躍する」と思いを語った。それが森にとって藤田前監督への本当の恩返しになるのかもしれない。

（企画構成：センバツLIVE）