「凱旋」とならなかった落胆のベトナム戦 試合後のスピーチで感じた吉田麻也の役割

宇都宮徹壱

「強い日本代表」が見られない中で印象に残ったスピーチ

帰路につく前に記念撮影をする若いファン。凱旋試合となるはずだったベトナム戦は1-1のドローに終わった 【宇都宮徹壱】

 試合後の選手たちに、笑顔はなかった。当然だろう。結果もさることながら、またしても「先制されたら勝てない」という、森保体制の残念なジンクスを崩すことができなかったのだから。このベトナム戦を「消化試合にしない」ため、チームが設定したであろう目標も、ことごとく不履行に終わってしまった。

 日本のポット2入りは、ベトナムに勝ちきれなかったことで絶望的となった。裏の試合では、ホームでオーストラリアを破ったサウジアラビアが、トップで予選を通過。北中米カリブ予選では、FIFAランキングで日本を上回る米国とメキシコが勝ち上がることが予想される。森保監督は「W杯に出てくる国はどこも強豪。ポットが結果を保証してくれるものではない」としているが、苦しいエクスキューズにしか聞こえない。

 選手間の競争意識についても、不発に終わってしまった。出場機会が限られていたメンバーを並べれば、個々のアピールばかりが際立ってしまうのは必定。チームとしての意思疎通やダイナミズムは生まれず、かえってスタメン組とサブ組との格差が可視化されてしまった。この日、埼スタを訪れた4万4600人の中で「強い日本代表」を見いだすことができた観客は、果たしてどれだけいただろうか。

 そんな中で強い印象を残したのが、キャプテンの吉田であった。同点ゴールも素晴らしかったが、それ以上に心に響いたのが、試合後のセレモニーでのスピーチである。

「世界の他の国では、戦争で大変な思いをしている方々がたくさんいる中、平和に大好きなサッカーを、そして日本の自分の国を代表してプレーできて、心の底から感謝しています。一日も早く戦争のない、平和な世界を取り戻せる日が来ることを心から願っています。世界で唯一の被爆国として、戦争の恐ろしさを誰よりも理解している国として、僕たち日本人がもっと声を大きくして、世界に訴えていかないといけないと思います」

 キャプテンに先立ち、森保監督もスピーチしていたが、各方面への感謝の言葉はあったものの、いささか冗長に過ぎた感は否めない。むしろ世界平和に関しては、長崎に生まれて広島でキャリアを積んだ指揮官にこそ言及してほしかった。森保監督の考えを端的に集約し、さらにアップデートを加えて選手に伝える──。今予選、ピッチ上でキャプテンが果たしてきた役割を、あらためて感じさせるセレモニーであった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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