選手とボランティアを主役に据えた閉会式 祝祭の終わりに思い出すワリエワの涙

沢田聡子

金メダル候補の無残なプログラム

女子フリーの演技を終え、キス・アンド・クライで涙を流すROCのカミラ・ワリエワ 【Photo by Matthew Stockman/Getty Images】

 だが、閉会式で表彰台に立ってメダルと花束を受け取り、喝采を浴びて喜びを爆発させているクロスカントリースキーの選手や、ランタンを手に笑顔で手を振るボランティアを見ながら、どうしても頭から離れない場面があった。17日に行われた、フィギュアスケート女子シングル・フリーの最終滑走者、カミラ・ワリエワの演技だ。

 ミックスゾーンに来ていたため無音のモニター画面で見たワリエワの演技は、悪夢のようだった。圧倒的な強さで他の選手の心をくじくことから“絶望”の異名を持つワリエワは、ハイレベルなロシア女子の中でも群を抜いており、北京五輪の金メダル候補だった。個人的には、15歳の彼女以上に才能がある選手を見たことがない。そのワリエワが危ういジャンプを跳び、転倒を繰り返している。演技後に泣き崩れる姿は、目を覆いたいような無残なものだった。ワリエワのドーピング疑惑に関してはまだはっきりしていないことが多すぎるが、若いというよりまだ幼いワリエワの個人的な問題ではないことは、誰が見ても明らかだ。オリンピックの抱えている矛盾が、極めて優秀な若いフィギュアスケーターの崩壊したプログラムという形で、私たちに突き付けられている。

 アスリートにとって最高峰の試合であるオリンピックだからこそ、胸を打つ真剣勝負が展開される。だが五輪の金メダルの価値が高いからこそ、手段を選ばず勝利のみを追求するような状態も起こってくるのだ。北京五輪で表彰台の一番高いところに立つはずだったワリエワがキス・アンド・クライで流した涙は、オリンピックの価値を揺るがす衝撃だったといえる。今の五輪はボランティアの貢献にふさわしい大会になっているのか、その価値については考えさせられるところがある。

4年後は、イタリアの街を歩ける五輪に

北京五輪閉会式、打ち上げられた花火には「ONE WORLD」の文字が 【Photo by Lintao Zhang/Getty Images】

 次の冬季五輪は、2026年にイタリアのミラノ・コルティナダンペッツォで開催される。女性歌手がバイオリンに合わせて歌うイタリア国歌が流れると、近くの席に大きな声で唱和している男性たちがいる。きっとイタリア人なのだろう。彼らは4年後に自国で開催される冬季五輪を、楽しみにしてくれているのだろうか。

 閉会式の終盤に流れた“蛍の光”が、祝祭の終了を感じさせた。花火が打ち上げられ、閉会式が終わる。メインメディアセンター行きのバスに乗るため歩いていくと、開会式の時と同じように、メディアに向けて進行方向を案内する蛍光パネルを持っているボランティアが、笑顔で手を振ってくれた。彼女たちにとり、自国で五輪があってよかったと思えるような北京五輪であったのならいいのだが。

 多様な言語が飛び交うバスに乗り、一度も出ることがなかった北京の市街を眺めながらホテルに戻る。酷使に耐えかねたのか、大会の終盤にパソコンのマウスが機能しなくなり、メインメディアセンターの店舗でマウスを探したが、売っていなかった。通常であれば北京の街に出て買えるのだろうが、それがかなわないのが今回の五輪だ。今はマウスなしの操作にもようやく慣れてきて、この原稿を書いている。

 閉会式のVTRで映し出された、ミラノとコルティナダンペッツォの町並みは美しかった。4年後には、選手やメディアが新型コロナウイルスの脅威におびえることなく街に買い物に出かけ、おいしいレストランを見つけられるような五輪になっていると信じたい。そして、ロシアに戻り練習を再開したというワリエワが、健康な体で今大会のフリー『ボレロ』を超える美しいプログラムを披露してくれていたらと願わずにはいられない。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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