連載:プロ野球・好きな球場ランキング

新井貴浩が選ぶ好きな球場ランキング 順番はつけがたいけれど…

前田恵

スタジアムは歓声を力に変えられる場所

2016年8月7日の巨人戦(マツダ)、サヨナラ二塁打を放った新井貴浩さんがナインたちに祝福される。打った直後のガッツポーズも話題になった 【写真は共同】

――その後2014年まで阪神でプレーし、2015年、広島に復帰して引退までの4年間を戦いました。2009年に開場した広島の新本拠地・マツダスタジアムの印象はいかがでしたか。

 市民球場とは180度変わりましたね。マツダスタジアムは「球場」というより「ボールパーク」。老若男女問わず、家族みんなで楽しめるエンターテインメント性の高い球場になったのが、スタンドのお客さんの様子を見てもよく分かりました。加えて僕ら広島の選手にとって、マツダスタジアムはお客さんの声援がとても力になる。特に3連覇(2016年〜2018年)のころは、チャンスになると広島ファンのボルテージが最高潮を迎えて、ホームの選手としては非常に心強く、戦いやすかった。逆に相手からすると、あれほど嫌な球場はなかったと思います。

――マツダスタジアムでのベストメモリーは?

 広島に復帰した年の1打席目ですね。先ほどお話した通り、阪神に移籍して、初めて市民球場に帰ってきたとき、あれだけの大ブーイングを浴びた。だから広島に戻ってきたとき、「もう応援してもらえなくても仕方ないな」と思っていました。ところが東京ヤクルトとの開幕戦(2015年3月27日)、7回に僕がベンチを出てネクストバッターズサークルに入ろうとしたとき、スタンド中から「ウォーッ」と大歓声が上がったんです。そんな大歓声で迎えてもらえるなんて、自分は夢にも思っていなかった。「またヤジを浴びながらの打席になるのかな」くらいに考えていましたから。ところが真逆の、とんでもなく温かい声援で、それが嬉しくて足は震えたし、口はカラカラで、涙まで出そうになって……。結果はライトフライでしたけれども、あれは忘れられない、とてもいい思い出です。悔しくて震えるとか悲しくて震えるとか、そんな感覚は割とあると思うんですが、嬉しくて震えるというのは、なかなかないと思うんですよね。

――いやあ、それは人生においてもなかなかないですね。

 マツダスタジアムは本当、いい思い出ばかりです。25年ぶりに優勝した2016年、巨人に追い上げられ、直接対決に2連敗して迎えた3戦目(8月7日)にサヨナラ二塁打を打ったのも、マツダでした。6対7のビハインドで迎えた9回二死、まずキク(菊池涼介)が澤村(拓一=現レッドソックス)から同点弾を打って追いついた。三番の丸(佳浩=現巨人)が四球を選んだとき、ポッと「新井さん、お願いします」と言って、一塁に歩いていったんです。サヨナラのランナーが出たところで、スタンドも一気にボルテージが上がった。僕もその大声援に後押しされて、「絶対に負けられないぞ」とますます気合が入ってね。本当に力がもらえるスタジアムで、あの一打もファンの皆さんに打たせてもらったサヨナラ打だったと思います。まあ、あのときのガッツポーズ(※グラウンドに右ひざをつき、右手を突き上げた)はその後、ずいぶんチームメートにもファンの皆さんにもいじられましたけどね(笑)。

――ちなみに新井さんは通算2000安打、通算250号、300号と節目の記録は神宮球場が多いですね。

 (駒澤)大学時代から思い出の詰まった球場ですからね。神宮は広島ファンが多く、ホーム球場と同じような声援がもらえるのが嬉しいし、やはり力をもらえます。黒田(博樹=当時広島)さんの最多勝が掛かったヤクルト戦(2005年10月7日)で、8回にライト線へタイムリー三塁打を打ったのも神宮でした。ピッチャーはサイドハンドの吉川(昌宏)君でしたね。

――広島が連覇した17年、「七夕の奇跡」も神宮のヤクルト戦でしたね! 9回表の攻撃を迎えた時点で、スコアは3対8のビハインド。味方が連打し2点差まで追い上げてくれた二死一、三塁の場面で代打・新井さんの逆転3ランが生まれました。

 あんなに追い込まれた状況から、みんなが繋いで、繋いで、繋いで僕の出番を作ってくれた。「打線の繋がり」以上に、「絶対、次のバッターに繋ぐんだ」という「気持ちの繋がり」がチーム全員にありました。敵地ながらホームチームを凌ぐような、スタンドの広島ファンの大声援にも後押しされましたね。あの試合も1シーン1シーン、鮮明に覚えています。実は僕、自分の記録にまつわる記憶は今ひとつ曖昧なんですよ。誰かのためにとか、チームのために、ファンのためにと思った場面のほうが球場の様子も含め、不思議と記憶に残っています。
 

新井貴浩(あらい・たかひろ)

1977年1月30日生まれ、広島県出身。AB型。野球評論家。元広島東洋カープ、阪神タイガース選手。広島工業高校、駒澤大学を経て1998年、広島東洋カープにドラフト6位で入団。2018年に現役引退するまで20年間プロ野球でプレーをした。2000本安打、300本塁打を誇る名選手。2016年に広島県民栄誉賞、広島市民賞受賞、2018年にNPB功労賞受賞。「ただ、ありがとう」(BBM社)など著書も多数。

(構成:スリーライト)

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著者プロフィール

1963年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学在学中の85、86年、川崎球場でグラウンドガールを務める。卒業後、ベースボール・マガジン社で野球誌編集記者。91年シーズン限りで退社し、フリーライターに。野球、サッカーなど各種スポーツのほか、旅行、教育、犬関係も執筆。著書に『母たちのプロ野球』(中央公論新社)、『野球酒場』(ベースボール・マガジン社)ほか。編集協力に野村克也著『野村克也からの手紙』(ベースボール・マガジン社)ほか。豪州プロ野球リーグABLの取材歴は20年を超え、昨季よりABL公認でABL Japan公式サイト(http://abl-japan.com)を運営中。

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