体操男子個人総合で、日本勢が“3連覇” 橋本大輝の「強さの本質」を米田功が解説

千田靖呂

「王者・内村航平」という成功モデルを追いかけ続けた橋本

“世界のエース”としての道を切り開いた内村航平(左)と、その姿を見てきた橋本大輝(中央) 【写真は共同】

――内村選手が活躍していた時との違いはどこにあると感じていますか?

 当時の内村選手にはなくて、今の橋本選手にあるものがあります。それは、「王者・内村航平」という成功モデルです。橋本選手の頭のなかには、内村航平という明確なモデルがある。内村選手は最初に出た北京五輪で銀メダルを獲得し、ロンドン五輪とリオ五輪で金メダル。彼の振る舞いも、成功体験も、彼がもたらした影響も全部知っています。一方、自身が王者になったばかりの内村選手にはそれがなかった。日本の選手がそこまでの活躍をしていたわけではないですからね。

 内村選手は結果を残しながら人間性も高めてきた印象ですが、橋本選手は人間的に成熟した内村選手を見ながら育ってきた世代なので、意識も高いし、明確に「こういう選手になりたい」というイメージがあります。彼が若くしてすごくしっかりした考え方を持てているのは、内村選手の功績が大きいのではないでしょうか。

――内村選手は結果もさることながら、後輩へ繋いできた部分も大きいですね。

 “世界のエース”が自国にいる影響は計り知れません。ロシア(当時はソ連)では、ビタリー・シェルボに続いてアレクセイ・ネモフが登場した。ヤン・ウェイが出てきた中国もそうですが、スーパースターがいる国は若手が育つんです。そして今、日本でも同じような波が来ているのかもしれません。内村選手が引っ張ってきた後を橋本選手が引き継いでくれるのであれば、パリ五輪、ロサンゼルス五輪、ブリスベン五輪と強い時代が続くわけで、想像しただけでもすごく楽しみですね。

橋本と北園には、「結果は意識せずに」種目別へ挑んでほしい

これからの日本体操界を引っ張る存在と目される、10代の橋本(右)と北園(左) 【Getty Images】

――北園選手はケガの影響で本来の演技構成ができない中、5位でフィニッシュしました。こちらはどのようにご覧なりましたか?

 この先、日本の体操界を引っ張っていくのは橋本選手と北園選手で間違いないでしょう。橋本選手をはじめ予選上位が集まった1班は注目されますが、北園選手が入った2班はやや“置いていかれているような感じ”がするものです。そのなかで自分の演技をやり切るのは難しいですし、あの舞台でミスなくやれたというのは価値があります。それが今後、彼にとって大きな財産になるはずです。

 北園選手はもしかしたら金メダルの瞬間を同国のライバルに見せつけられて、悔しい思いがあるかもしれない。ただ、大舞台で実力を発揮できない選手が多い中で、北園選手はそれができた。ナゴルニーとダラロヤンがいるROCが強いように、橋本選手と北園選手が引っ張っていく日本体操界はさらに強くなるでしょう。

――橋本選手と北園選手はこの後、種目別の鉄棒が控えています。

 18歳の北園選手は本当によくやったなと思いますし、19歳の橋本選手は内容だけでなく最高の結果まで手にしています。この状態を維持できれば、橋本選手は種目別の鉄棒でも表彰台の頂点に立てるでしょう。北園選手は、個人総合のアップ中に伸身のトカチェフをやっていたので、Dスコアをちょっと上げてくるかもしれません。本人たちには、勝負の鉄則である「結果を意識せずに」と伝えたいですね。

 ここからは鉄棒だけの準備をしないといけないのですが、1種目だけに合わせようとすると意外に動きが硬くなったりするものです。個人総合では大きなミスがなかったですし、上手く調整してくると思いますが、何も難しく考えず思い切りやってもらいたいですね。

――予選、団体決勝、個人総合、そして種目別。すべてノーミスでやり切るのは大変ですよね?

 非常に大変なことですが、若い時は勢いでそれができることもあります。個人的に思うのは、若いときにトップを取っておくことがすごく重要だということ。プレッシャーを感じる必要のない年代で、良い経験をたくさんするべきです。そういう意味でも、今回、個人総合で2人の10代が活躍を見せてくれたのは大きかったと思います。

 彼らにとっては、プレッシャーや緊張以上に、ワクワクする気持ちが強かったのではないでしょうか。若いうちに楽しみながら勝つという経験をすれば、それがその後の成長に繋がります。その「楽しむ」を徹底できれば、「五輪全体をノーミスで締めくくる」という“偉業”も十分にあり得るでしょう。

米田功(よねだ・いさお)

【写真提供/サニーサイドアップ】

1977年8月20日生まれ、大阪府出身の男子体操の元日本代表選手。7歳から体操を始めると学生時代からメキメキと頭角を現す。2004年のアテネ五輪では男子体操の主将を務め、団体で金メダル、種目別鉄棒で銅メダルを獲得した。2008年の北京五輪代表選考会を兼ねたNHK杯で個人総合8位となり代表入りを逃したことから、体力と精神力の限界を理由に現役引退を表明。引退後はメンタルトレーナーや解説者など活動の幅を広げつつ、2012年に「米田功体操クラブ」を設立。2013年1月からは徳洲会体操クラブの監督となるなど、指導者として後進の育成にも励む。日本体操協会常務理事。

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著者プロフィール

1977年生まれ、大阪府出身。マンティー・チダというペンネームでも活動中。サラリーマンをしながら、2012年にバスケットボールのラジオ番組を始めたことがきっかけでスポーツの取材を開始する。2015年よりスポーツジャーナリストとして、バスケットボール、卓球、ラグビー、大学スポーツを中心にライターやラジオDJ、ネットTVのキャスターとして活動。「OLYMPIC CHANNEL」「ねとらぼスポーツ」などのWEB媒体や「B.LEAGUEパーフェクト選手名鑑」(洋泉社MOOK)「千葉ジェッツぴあ」(ぴあ MOOK)などの雑誌にも寄稿する。

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