体操男子個人総合で、日本勢が“3連覇” 橋本大輝の「強さの本質」を米田功が解説

千田靖呂

激しい戦いを制し、内村から続く「日本人個人総合3連覇」を成し遂げた橋本大輝 【写真は共同】

 7月28日に東京五輪の体操男子個人総合決勝が行われ、橋本大輝(順大)がシャオ・ルオテン(中国)、ニキータ・ナゴルニー(ROC/ロシアオリンピック委員会)らとの接戦を制し、88.465点で初の金メダルを獲得した。最終種目の鉄棒まで、僅差の勝負となった男子個人総合。各選手がミスなく演技をやり切った緊迫の展開は、ほんの少しの差が明暗を分けた。

 男子団体で金メダルを逃していた日本。そのチームをエースとして引っ張った橋本は、あん馬と平行棒で15点台の高得点を叩き出し、リオデジャネイロ五輪以降の金メダリストたちを振り切った。

 決して容易ではなかった、金メダルを獲得するまでの道のり。橋本のここまでの戦いぶりや彼の「強さの本質」について、アテネ五輪・男子団体の金メダリストで徳洲会体操クラブの監督を務め、メンタルトレーナーとしても活躍している米田功さんに聞いた。

橋本が世界選手権の金メダリストを相手に激戦を制する

世界選手権の金メダリストたちが、ハイレベルなメダル争いを披露 【写真は共同】

――男子個人総合で、橋本選手が見事に金メダルを獲得しました。全体を振り返って、いかがでしたか?

 全体として、非常にレベルの高い戦いでしたね。前回のリオデジャネイロ五輪では内村航平選手(ジョイカル)が完ぺきな演技を披露し、オレグ・ベルニャエフ選手(ウクライナ)との緊迫した展開(0.099点差)を制して金メダルを取りました。そこから5年が経過。今回の決勝の舞台にはどちらの選手もおらず、どんな戦いになるのかなと思いましたが、素晴らしいメダル争いを見ることができました。

――米田さんが想像していた以上の激戦になったのではないでしょうか?

 リオ五輪が終わってから3回あった世界選手権では、2017年に中国のシャオ・ルオテン選手、2018年にROCのアルトゥル・ダラロヤン選手、2019年に同じくROCのニキータ・ナゴルニー選手と、全て違う選手が優勝しています。4年に一度の大舞台で、彼ら世界選手権の金メダリストたちがそれにふさわしい戦いをしてくれたと思います。

 とはいえ、確かにここまで混戦になるとは思っていませんでしたね。このような展開の中で、橋本選手が圧倒的な強さを見せて最高の結果をつかんだというところに、彼のすごさと、今後への期待を感じずにはいられません。

あん馬と平行棒で披露した、完ぺきな「立て直し」

あん馬と平行棒で15点台を記録した橋本のメンタリティーに、米田氏も驚がく 【写真は共同】

――第1種目の床で、ナゴルニー選手がミスによる減点を受けました。それを見た直後に最初の演技を迎えた橋本選手は、どんな心境だったと考えられますか?

 4年に一度の五輪では「懸かるもの」が他の大会に比べて非常に大きく、ワンチャンスで結果を出さなければなりません。そのため、少し矛盾しているように感じるかもしれませんが、結果を出すために必要なのは「結果を意識しないこと」なんです。橋本選手は過度に結果を意識しておらず、第1種目の床から自分の演技に集中できていました。

 第3種目のつり輪、続く跳馬と続けて上手くいかない場面があったものの、その後の平行棒、そして鉄棒で見事に立て直しましたよね。そこに彼の強さが集約されるのかなと思います。

――第2種目のあん馬で大きく点数を伸ばしたこと(15.166)が、金メダルへのアドバンテージになったと思われますか?

 あの場面で、どうしたらあんなに完璧にできるのかと驚きましたね(笑)。これまで、国内外の大会ではあん馬は比較的苦戦していて、昨年12月の全日本個人総合選手権や今年4月の全日本個人総合選手権でもミスをしていましたから。今回はそれより大きな舞台ということで、崩れてしまってもおかしくなかった。

 でも、そうなりませんでした。橋本選手はさまざまなことを感じながら、ひとつひとつの試合をすごく大事にし、学びへ変えている印象があります。それが15点超えという高得点につながったのかもしれません。結果を見ても、このあん馬の高得点は大きかったと思います。

――つり輪ではD難度が0.3点も減点されてしまいました。その一方、跳馬のラインオーバーは思ったほど減点されませんでしたね。

 つり輪の演技は良かったですよ。ただ、開脚上水平のところで技が認定されなかった。想像以上に厳しく採点された印象です。跳馬は着地で結構斜めに入ってしまった割に、スコアは悪くなかったですね。それだけ跳躍と距離の部分で評価されたのかなと思います。

 そして、平行棒です。前の種目で思うような演技ができなかった直後に迎えた一番手。15.300点という結果はすごいの一言につきますね。メンタルの立て直しが完ぺきで、追い込まれている場面や緊迫した勝負を楽しんでいるなと感じました。
――最終種目の鉄棒では、トップを走るシャオ・ルオテン選手の点数が思ったほど伸びませんでした。

 演技としては完璧でしたけど、ペナルティーとして0.3点が引かれていました。うれしさのあまり、着地してから審判にあいさつすることなくスタンドに向かって喜んでしまい、最後の礼がなかったのが減点の理由です。あの場面であれだけ完璧にできればシャオ選手の振る舞いもある意味で“自然”だと思いますが、あの場面で0.3の減点は大きかった。それだけ張り詰めた中で全てを懸け、そして出し切ったということなのでしょう。一方で、橋本選手は自分の演技をやり切り、最後まで自分をコントロールできていました。

――橋本選手は表彰式後のインタビューでも「楽しんでできた」と話をされていました。

 そこがすごく面白くて。橋本選手は、「楽しんでいる風にしました」と言っていましたね。無意識に楽しむことができなくても、行動から感情を変えることは可能です。感情が先走って行動に表れる人が多いなか、彼は行動から自分の感情をマネジメントしようとしていた。そこがすごいなと思いますね。だって、彼はまだ19歳ですよ。

 インタビューでは、「満足してはいけない」「チャンピオンになる選手はここで涙を流さない」といった話もしていました。自分をしっかり客観視できることは、王者に欠かせない要素です。どういった瞬間にどういう振る舞いをすべきなのかを心得ていることが、個人総合の戦いにも表れていたような気がします。

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著者プロフィール

1977年生まれ、大阪府出身。マンティー・チダというペンネームでも活動中。サラリーマンをしながら、2012年にバスケットボールのラジオ番組を始めたことがきっかけでスポーツの取材を開始する。2015年よりスポーツジャーナリストとして、バスケットボール、卓球、ラグビー、大学スポーツを中心にライターやラジオDJ、ネットTVのキャスターとして活動。「OLYMPIC CHANNEL」「ねとらぼスポーツ」などのWEB媒体や「B.LEAGUEパーフェクト選手名鑑」(洋泉社MOOK)「千葉ジェッツぴあ」(ぴあ MOOK)などの雑誌にも寄稿する。

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