1万人規模の沖縄アリーナがオープン “観客第一”琉球・木村社長が込めた想い
前編
2009年に木村社長が新アリーナ建設を公言。そしてついに2021年4月21日、初の公式戦が開催される 【写真提供:琉球ゴールデンキングス】
そこには、写真立てのような展示ケースに収められたチケットが今も大切に飾られている。
NBAの名門ボストン・セルティックスの1996−97シーズンの観戦チケットだ。
当時のセルティックスは低迷期だったが、ロサンゼルス・レイカーズとの伝統の一戦を木村は見た。当時のレイカーズには高卒ルーキーのコービー・ブライアントに加え、NBA史に残るセンターで、身長2メートル16センチ、体重147キロの「シャック」と呼ばれたシャキール・オニールがいた。
「1万8000人ほどが入るアリーナの二階席、その最後列の席でした。コートが遠すぎて選手の背番号などは見えません。ただ、シャックだけは、あまりに大きかったので、その距離からもわかりました。他にもマイケル・ジョーダンなどは、オーラが別格なので、背番号が見えないくらい離れていた距離からでもわかりましたが……」
木村には就職の前に、ボストンの大学院に留学していた時期がある。多くの留学生がそうであるように、普段の生活では倹約を心がけていた。そんな貴重なお金を投じた当時の体験は現在にもつながっている。だから、将来は日本のスポーツ史に残るであろうプロジェクトにかかわる今日も、大切に飾られているのだ――。
観客が楽しむことを最優先したアリーナが誕生
(注:4月10日にこけら落としの予定だったが、対戦相手に新型コロナウイルスの陽性者が出た影響で、4月21日の琉球vs.名古屋Dが初の公式戦となる)
どうして、『初めて』なのか?
それはこの国のスポーツ施設のあり方と無縁ではない。
これまでの体育館やスタジアムの多くは、国民体育大会やインターハイなど、都道府県ごとに持ち回りで行われるイベントに合わせて建てられてきた。
それらのイベントは競技のレベルを競うものだから、滞りなく試合が行われることを第一に考え、作られていた。確かに、悪いことではない。
しかし、観客が楽しむような仕掛けも、またこの会場に来たいと思わせるような工夫も、置き去りにされてきた。
沖縄アリーナはそうした日本の歴史に一石を投じて、この国のスポーツとエンターテインメントの流れを変えようとしている。
木村がアリーナ建設を初めて公言したのは、2009年11月のこと。チーム創設2シーズン目で当時のbjリーグで初優勝を飾った後のことだった。
宣言の動機の一つは、経営面の課題からだった。日本のバスケットボール界では親会社を持つクラブが多いが、キングスはそうではい。独立採算のクラブが大企業のバックアップを受けたクラブと戦うためには、たくさんの人が足を運ぶアリーナを作る必要があった。
だから、木村はアリーナ建設の構想を公言したのだが、当時は、スポーツ観戦の最適なアリーナの重要性など、日本ではほとんど語られていなかった時代である。
「競技をする人たちのために作られた『体育館』と、観る人のために作られた『アリーナ』の違いを一生懸命に説明するところからスタートする形で、暗中模索ではありました。ただ、その間に色々な勉強をして、様々なことを調べることができて。わずか1年で設計に乗り出すのではなく、あの長い期間があったから、色々なことに気がつけたのだと今になって、感じます」
その後、2014年に1万人規模のアリーナ建設を公約に掲げた桑江朝千夫が、沖縄市長に初当選する。さらに、2015年には、沖縄市がキングスの活動拠点を意味するホームタウンになった(それまでは沖縄県の全域を転々としてホームゲームをやっていた)。
そのあたりから、沖縄アリーナ建設への動きが加速、現実化していった。「本当に良いものを建てるにはどうすればよいかを考えていた」木村は、沖縄市との二人三脚での奮闘をこう振り返っている。
「沖縄市と桑江市長の存在なしにはこのアリーナは生まれませんでした。というのは、これまでは施設で観る人のことがあまり想定されず、前例を踏まえて、なんとなく、作られる施設が多かった。でも、沖縄市はそういうところに危機感をもっていたから、我々が設計監修業務をさせていただきました。そこで話し合い、観る人のことを第一に考えるという理念を一緒に掲げて、みんなで同じ想いを抱えて、取り組んできました。
ただ、僕らが自由にやらせてもらったというのではなく、行政のみなさんが色々な方面に配慮しながら実現しました。そのなかで市長が、1万人規模のアリーナを公約に掲げたことは大きな意義がありました。公約に掲げると知らされた時には『凄いな』と驚いた記憶があります。キングスのためではなく、それまで沖縄になかった規模のモノを作ろうとしてくださったわけですから」
その関係性については後編で紹介するが、「観る人のこと」を考え抜いて作られた沖縄アリーナの特長は大きく2つある。
「大きすぎない」最適な規模で作られた沖縄アリーナ
日本のバスケットでは観客が8,000人規模が最適だという結論に至り、大きすぎないアリーナを建設した 【写真提供:琉球ゴールデンキングス】
冒頭の木村の話に戻る。NBAの試合を見て興奮しながらも、痛感したことがあった。
「現地で観られる選手の姿がものすごく小さかったんですね。『シャックを生で観られた。コービーを観られた!』と喜べる状況が成立したのは、あくまでもNBAだから。しかも、当時とは異なりネット配信などを含めて映像技術も現在は発達しています。だからこそ、今はどの席から観てもライブ観戦の価値が十分に堪能できるような席でなければいけないと思います」
現在もボストンで現役のTDガーデンの収容人数は約1万8000人だが、NBAでさえ2万人規模のアリーナから少し観客席を減らして、コンテンツの質を高めようとする動きがある。
その上で日本の状況と近い将来までのテクノロジーの進化を考えたとき、バスケットボールの試合が行われるときには8000人規模が最適だという結論にたどり着いた。
ただ、場内には自由視点映像用のカメラが60台設置され、それとは別にハイビジョンカメラが10台設置されている。キングスの試合開催時には満員を目指す一方で、場内の観戦者がリプレイなどで楽しむときだけではなく、TV中継や映像配信を通しても満喫できるような仕掛けがある。
また、アリーナの3階部分にはVIP用の部屋が30室用意されており、VIP専用の入口も設けられている。2023年のバスケットボールW杯を沖縄がフィリピンなどと共催することはすでに決まっているが、どんなゲストを招いても恥ずかしくないような、立派なエリアは用意されている。