連載:アスリートに聞いた“オリパラ観戦力”の高め方

土井レミイ杏利がハンドボールに注ぐ熱情 「身体能力×頭脳」で魅せる空中の格闘技

C-NAPS編集部

フランスでの日々を通して見つけた本当の自分

主将として日本代表を引っ張る土井(21番)は、世界最高峰のフランスリーグで体得した戦う姿勢やプロ意識をメンバーに注入する 【写真提供:JHA/Yukihito TAGUCHI】

 ハンドボールは、欧州ではサッカーに次いで人気のあるスポーツなんですよ。選手は街中を歩いているとヒーロー扱いですし、郵便局で並んでいたら、「おぉー、昨日いい試合したなぁ! 前に行けよ!」と列を譲ってくれたこともありました。東京五輪では世界最高峰のチームの1つであるフランスに注目してほしいですね。僕はフランスにルーツもあるし、華麗なプレーをみなさんにも楽しんでもらいたいです。タレントがそろいすぎていて、ベンチに座っている選手だけでも決勝に行けるレベルなんですよ。2017年の世界選手権では、アンダー世代も含めた全カテゴリーでフランスが優勝しているんです。

 僕がフランスに行った理由は語学留学なので、当初はプロになるつもりはまったくありませんでした。僕は大学まで“日本の体育会”という上限関係の厳しい世界で育ったので、自分を押し殺してでも先輩を立てたり、へりくだって周りを敬ったりすることが当たり前でした。しかし、そうした振る舞いはフランスではまったく通用しませんし、舐められて相手にされませんでした。

 チームメイトは五輪の金メダリストなど一流選手ばかりだったので、嫌でも萎縮しますよね。でもバカにされて精神的に落ち込んでいる時にやっと気づいたんです。「苦しみから逃れたいなら、苦しみも含めて楽しんでしまおう」と。自分が楽しむためにも、まずは自分をリスペクトすることを大切にしました。そうすることで自分自身への理解が深まり、より上手く内面を表現できるようになりました。僕はフランスで本当の自分を見つけられましたが、やっぱりひょうきん者なんですよね(笑)。

 現在は東京五輪で日本代表の力になるため、日本の大崎電気でプレーしています。一度競技を引退した人間が代表の主将になるなんて、なかなかないストーリーですよね。ただ、日本にはプロリーグが存在しないため、欧州と比べてプロ意識や危機感が生まれにくい環境だと言えます。仕事後の練習は部活動の感覚に近く、結果が出なくても会社に残れるという保険があるからです。世界と戦うためにはメンタル面の改善が急務でした。戦う姿勢やプロ意識を徹底的に植えつけましたね。ダグル・シグルドソン監督も同じ意見を持っていたので、メンタルトレーニングなどを取り入れ意識改革に力を入れました。

東京五輪での躍進とハンドボール普及への思い

人を喜ばすことが大好きな土井は、オンライン取材でもサービス精神旺盛の対応を見せてくれた 【写真:C-NAPS編集部】

 日本代表はすごい勢いで成長していて、今までとはまったく違うチームになりました。ようやく戦う集団になってきましたね。ラグビー日本代表のように、どんな相手でも誰一人として逃げることなく「ONE TEAM」で戦うことが僕の理想です。そのためにはチーム全員でハンドボールを楽しみ、夢中になることが大切ですね。努力は夢中に勝てないですし、努力をしている感覚があるうちは上には行けないと思います。夢中になって楽しんでいる姿が、多くの人の心をつかむのだと信じています。

 まずは1月にエジプトで行われる世界選手権を試金石に、7月の東京五輪で結果を出したいです。東京五輪は日本のハンドボール界にとっても分岐点となり得る大会。やるからには金メダルを目指していますし、これ以外の夢はありません。日本代表を夢見る子たちが、将来的に「ハンドボールを続けて良かった」と思えるように結果を出し、環境を整えていきたいです。

 TikTokの活動(レミたんとしての情報発信)もハンドボールの競技普及につなげたいと考えています。実は「レミたんが好きだから、ハンドボール部に入りました」という嬉しいコメントもたくさんもらっているんです。「会場まで試合を見に来てくれたら」「ハンドボールに興味をもってくれたら」というのが僕のイメージの限界だったので、実際に部活動でハンドボール部を選んでくれる中高生がたくさんいたのがすごく嬉しかったです。

 この中から将来一緒にプレーする選手や、同じ代表の舞台に立つ選手が出てきてくれたら、その時はシャンパンを開けますよね(笑) TikTokで楽しんでもらいつつ、その延長線上でハンドボールにも興味を持ってもらえたら――これからも多くの人たちに勇気や感動、生きるための活力を与えられる人になりたいと思います。

(取材・執筆:上田まりえ)

2/2ページ

著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント