連載:アスリートに聞いた“オリパラ観戦力”の高め方

土井レミイ杏利がハンドボールに注ぐ熱情 「身体能力×頭脳」で魅せる空中の格闘技

C-NAPS編集部

ハンドボール日本代表主将として自国開催の五輪に臨む土井レミイ杏利に、競技の醍醐味や普及への思いを聞いた 【TVガイド2020年8月28日号(東京ニュース通信社刊)/ 撮影:Marco Perboni】

 1988年のソウル大会以来、32年ぶりに五輪の夢舞台に立つハンドボール男子日本代表「彗星(すいせい)ジャパン」。7大会連続で五輪出場を逃し、長らく低迷が続いていたチームに「戦う姿勢とプロ意識」を注入した男がいた。その名は土井レミイ杏利(大崎電気)。

 フランス人の父と日本人の母との間に生まれた土井は、小学生の頃にハンドボールを始めるとすぐに頭角を現す。高校、大学と強豪校で活躍するも、膝のケガを機に大学卒業と同時に競技から一度退いた。その後、語学留学のために父の母国・フランスに渡ったことが土井の転機となる。再起不能かと思われた膝のケガが治るという奇跡が起き、2012年にフランスの地で現役復帰。プロリーグの門を叩くと、わずか数カ月で強豪クラブのトップチームへの昇格を果たし、6シーズンに渡り世界最高峰リーグで活躍を続けた。

 世界を経験した闘将の存在は、2020年のアジア選手権で3位に導くなど急速な成長を遂げる日本代表にも大きな影響を及ぼしている。2021年は1月にエジプトで開催される世界選手権、7 月の東京五輪と日本ハンドボール界にとって勝負の1年となるだけに、活躍にかける思いもひとしおだ。今回はそんな土井にハンドボールの魅力を聞くとともに、競技普及への思いや自身の夢について語ってもらった。そしてもう1つの顔、ショートムービーアプリTikTokで170万フォロワーを誇り人気爆発中の“レミたん”についても聞いた。

走る・跳ぶ・投げるを集約した「空中の格闘技」

高い身体能力と高度な戦術が融合したスピーディーな展開が魅力のハンドボール。土井のプレーで注目は、滞空時間の長い跳躍だ 【写真提供:JHA/Yukihito TAGUCHI】

 ハンドボールはゴールキーパーを含めた7人1チームの編成で、試合は前後半それぞれ30分の計60分で行われます。ドリブルとパスでゴールを目指し、相手よりも1点でも多く取ったチームが勝利するところはサッカーと似ていますね。ただし、触れていい体の箇所は膝から上であり、ボールを蹴れない点が大きな違いです。また、ハンドボールはバスケットボールとも共通点があり、交代が無制限にできます。ボールを持ったまま4歩以上歩くとオーバーステップという反則になる点は、トラベリングに近しいところがありますね。

 ちなみに自分は、ハンドボールに最も近い競技はラグビーだと思います。ハンドボールもラグビーのように正面から相手を止めることがファウルにならないコンタクトスポーツだからです。2メートル120キロクラスの体格の選手がざらにいるので、プレー中は壁に思いっきり突っ込んでいく感覚ですね(笑)。試合中に相手につかまれたのを振り払おうとしてユニフォームが破れるのも当たり前で、「空中の格闘技」とはよく言ったものだなと思います。練習中からアザや傷ができるのは日常茶飯事で、それくらいだとケガのうちに入らないですね。

 ハンドボールは、そうしたコンタクトの激しさに加え、「走る・跳ぶ・投げる」という基本動作、さらには持久力も求められます。そのため、すべての身体能力のパラメーターが高くないと活躍できない競技なんです。ハンドボール選手はものすごく身体能力が高いので、他のどの競技をやってもある程度高いレベルでこなすことができると思います。

 あと、注目してほしいのは戦術面ですね。ハンドボールはボールの保有時間が3秒ととても短く、試合展開が非常にスピーディーな点も特徴です。キーパーを下げて攻撃の選手の数を1人増やす「7人攻撃」など、戦術のバリエーションも幅広く、各チームで戦い方を徹底しています。そのため、次の展開をその場で考えながらプレーしているとチャンスを失ってしまうんです。コート上では未来を少し予測するイメージで、一手、二手先を「考える」のではなく「感じ」ながらプレーすることを心がけています。

 ハンドボールは、高い身体能力の選手が規律正しくプレーする競技なので、相手のディフェンスに風穴を開けるには頭の回転の速さが重要になります。世界トップクラスの選手に共通して言えるのは、肉体に加えて頭脳も一流だということです。相手を手玉に取れるし、駆け引きが本当に上手い。フェイントをかける、点を取ることは、「相手の意表を突くこと」でもあります。だから彼らにポーカーをやらせると、めちゃくちゃ強いんですよね(笑)。

ハンドボールの魅力が凝縮しているのがシュートシーン。多彩なシュートバリエーションでゴールを狙うオフェンスと立ちはだかるキーパーとの対峙は必見だ 【Getty Images】

 ハンドボールの一番の見せ場はシュートシーンですね。高い打点のジャンプシュートや床にバウンドさせて回転させるスピンシュート、ゴールキーパーの頭上を浮かすループシュートなど、試合を通して同じ点の取り方がないくらい多彩です。これだけゴール前でさまざまなスキルが見られる競技は他にはないと思います。

 ちなみに僕の注目のプレーは、滞空時間の長いジャンプシュートです。ゴールキーパーと駆け引きするうえで、滞空時間が長ければ長いほどプレーの選択肢が増えます。でも実は生まれつきジャンプ力があったわけではありません。高校生の時にテレビでマサイ族の特集を見て「彼らはひたすら毎日跳んでいるからジャンプ力が高い」ことに気づきました。そこで、畳を30〜40枚ほど腰の高さまで重ねて、毎日練習終わりに100回ほど跳んでいたらジャンプの滞空時間が長くなりましたね。僕がジャンプした際は、足元に畳を想像してください(笑)。

 ちなみにシュートシーンではオフェンスと同様に、ゴールキーパーのセーブシーンにも注目です。「キーパーの活躍いかんで試合が決まる」と言われるほど重要な局面であり、ビッグセーブによって試合の流れが一気に変わります。キーパーは平均100〜110キロのシュートを1試合で40〜50本も受けるんですよ。世界トップレベルの選手になると、MAX140キロくらいです。キーパーはシュートを前に出て全身で止めに行くので、常に至近距離でボールを受けています。そのうえ、レガースやヘッドギアなどの防具もしません。彼らの勇敢さにはいつも驚かされます。僕は絶対にやりたくないポジションですね(笑)。

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著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

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