サイドアタッカーの出現は進化の証し C大阪ロティーナ監督が見た日本サッカー

小澤一郎

「良いサッカーとは?」と質問されれば…

今季の川崎は圧倒的な強さで首位を快走。C大阪はその背中を追いかける。第11節は5-2で川崎が大勝 【(C)J.LEAGUE】

――東京から大阪への移住はわれわれ日本人にとっても文化的に大きな変化がありますが、何か感じましたか?

 大阪の人たちはよくしゃべる(笑)。ただ、その変化は街中での事象であって、ファンの気質の違いは感じない。東京Vのサポーターはとても愛情深く、われわれに近い存在だった。C大阪のサポーターも同じようにいつも愛情深く、試合前から熱く、温かく応援してくれる。

――2017年のスポーツナビのインタビューでは、「J2にはテクニカルな選手が多い分、1対1の突破を得意とするようなサイドアタッカーは少ない」と語っていました。ただ、今季のC大阪もそうですが、近年のJリーグでは1対1で積極的に仕掛けるサイドアタッカーの存在が逆に目立ちます。
 変わってきている。これまで日本サッカーの特徴はパスサッカーだった。私が来た当時の日本サッカーにはJ1、J2を問わず技術的レベルの高い中盤の選手がそろっていた。一方で、サッカーの文化的にもドリブルのミスは大きく嫌われる印象を受けた。スペインではパスミス同様、ドリブルでのミスも当たり前に起こるものとして捉えられている。日本ではドリブルでのミスはよりエゴイスティックで、マイナスのイメージがあるように思う。

 ここ数年の日本サッカーからは良いサイドアタッカーが出てきている。横浜F・マリノスやサガン鳥栖には特徴的なサイドアタッカーがいて、川崎フロンターレには優れたサイドアタッカーが数多くいる。それはなぜか? 現代サッカーにおいてはどれだけパスを回しても、高いボール支配率で相手を支配しても、1対1で相手の守備システムを打開しなければ得点のチャンスが生まれないからだ。

 その代表例がジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)で、彼は常に攻撃において1対1を有効活用してきた監督だ。守備システムがこれだけ向上した現代サッカーにおいてはスペースも時間もなく、攻撃では素早くサイドにボールを循環して、そこでの1対1で活路を見いだす必要がある。1対1に秀でたサイドアタッカーの重要性は年々高まっている。

――今年のJ1の合言葉は「どのようにして川崎を止めるか」ですね。

 それはとても難しい……。川崎はチームとして完成されている。最終ラインには安定感あるDFがいて、中盤には質の高い選手がそろっている。その上で、簡単にゴールを奪えるFWを前線に擁している。彼らのような高い決定力をトレーニングで作ることはできない。今の川崎が決定的に他のチームと違う点は、前線の決定力だ。決定力ある選手が1人、2人いるのではなく、数多くいる。ベンチスタートであっても途中出場で簡単にゴールを決めてしまうFWがいる。なぜ今季の川崎にあれだけ多くのPKが与えられているのかと言うと、それだけ相手チームにペナルティーエリア内で難易度の高い守備を強いているからだ。

――日本サッカーの進化を語る上で、個人的には川崎の進化は欠かせない存在だと考えています。以前はショートパスを多用したパスサッカーを展開していましたが、今ではコンパクトな守備からのカウンターもうまいチームになっています。

 その通り。ただ、そういうサッカーを実践する以前の問題として毎年良い補強をしている。それはクラブとしてのスカウティングが機能している証拠。今季は特に大学から良い選手を多数補強した。良い選手をそろえることができれば、やりたいサッカーを実現する可能性は高まる。最終的に「良いサッカーとは何か?」と質問されれば、それは特定のサッカーではなく、つまりショートパスを多用したパスサッカーでも、ロングボールを使ったカウンターサッカーでもなく、シチュエーションに応じてどんなサッカーもできるサッカーのことだと思う。

突破を試みてミスしてもトライを促す

ロティーナ監督率いるC大阪は、サポーターが望むサッカーと勝利の両立を目指す。今季タイトルの獲得なるか 【(C)J.LEAGUE】

――以前のインタビューでは、日本人の「ミスを恐れるメンタリティー」についても指摘されていました。

 それは文化的なものから来るメンタリティーだろう。ラテン民族にはミスやエラーに対してそこまでの恐怖心がない。だから日本の選手たちには、例えば1対1になったとき、突破を試みてミスになったとしても「問題ない、気にするな」と言ってトライを促している。そこで起こる失敗は、しょせんサッカーのピッチ内でのこと。チャレンジこそがサッカーをプレーする上での魅力のひとつだ。

 例えばGKは、クロス対応で前に飛び出さなければミスは起きない。しかし、私は監督として自分のGKが前に飛び出すチャレンジをして、結果としてミスを犯すことを望む。なぜなら、長い目で見たとき、その一回の失敗よりも、そのチャレンジを通して身につけるクロス対応の能力による守備面でのメリットの方が大きいからだ。

 また、選手がミスを犯すからこそ、監督がいる。監督は選手のミスの責任を取らなければいけない。もちろん、サイドアタッカーに1対1の仕掛けをさせて、1試合で10回もボールロストになるのであればそれは止めた方がいい。一方で全く1対1のトライをしないサイドアタッカーは仕掛けのミスやロストがないとしても、1対1の状況で横パス、バックパスばかりすることになり、それは10回ロストする選手と同じくらい攻撃面で役に立たない。
 チームにとって役立つのは、たとえ10回のトライで4、5回ロストになっても、逆に4、5回を成功させて局面打開するサイドアタッカーだ。日本人選手への説得はこうしたサッカーというプレーにおける有効性を提示しながら行っている。

――最後に、現時点での日本での目標は「C大阪でタイトルを獲ること」と言えますか?

 J1優勝は私にとっての夢だが、とても難しい。私にとってより重要なのは日々の仕事であり、その仕事を積み重ねていくプロセス。良いトレーニングを重ね、試合でサポーターの皆さんにチームの成長を感じてもらうこと。終着点を考えるのではなく、そこに至るまでの道を見て、それが正しい道になっているのかを日々検証していくこと。

 今、私が指揮しているC大阪のサッカーは明確なアイデアの下ではっきりしている。実際、多くの人にイメージしてもらえるものになったと自負している。私にとって最高のサッカーとは、そのクラブのサポーターが好むサッカーで勝つこと。サポーターが求めることと、勝つことを切り分けて考えることはしない。良いサッカーをしながら負けるのは好まない。また、ファンが好まないサッカーで勝つことも目指していない。両立は難しいことだが、それは私のみならず監督であれば誰もが考えていること。C大阪でそれを成し遂げたい。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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