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新庄剛志  もう一度、プロ野球選手になる。
新庄が語る、野村克也監督との思い出
ぼくにとってのプロ野球界の父親

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第1回

2月に亡くなった野村克也さん(写真左)について、新庄さんは「プロ野球界の父親のような存在」と回顧する
2月に亡くなった野村克也さん(写真左)について、新庄さんは「プロ野球界の父親のような存在」と回顧する【写真は共同】

 ある朝の練習でバッティングしているとき、野村克也監督から「新庄、ちょっとこっちに来い」と呼ばれた。

「新庄、バッティングというのはな……」と2、3分くらい話が続いたとき、「あの、ぼく頭悪いんで。また次お願いします」とその場を離れた。

 野村監督はあきれた様子で、「こんな選手初めてやぞ。もうええわ。おまえに教えんわ」。「いやいや、お願いします。一気に言われるとわからなくなるので」と、ぼく。

 その日から、宇宙人と思われたことは間違いないだろう。

 そして2000年、ぼくのバッティングの調子がいまいちのときには、


「おまえ、いま落ち込んでんのか? 気合い入ってないのか?」


「はい。あまりやる気ないです。スランプになると野球をやりたくなくなるタイプかもしれません」


「それなら何番だったら真剣にやってくれるんだ?」

新庄剛志

1972年生まれ。福岡県出身。1990年、阪神タイガース入団。1999年の巨人戦で敬遠球を打ったことは大きな話題となる。2001年、米大リーグ球団メッツに移籍し、日本人選手で初めて投手以外の野手として登録。2002年に移籍したジャイアンツでは、日本人選手で初めてのワールドシリーズ出場を果たす。2004年、日本球界に復帰し、北海道日本ハムファイターズに入団。試合前のパフォーマンスが「新庄劇場」と呼ばれ、北海道に移転直後の日本ハム人気を盛り上げる。2006年、シリーズ開幕直後に引退宣言。日本ハムを日本シリーズ優勝に導いた。2019年11月、プロ野球選手として現役復帰を目指すことを宣言する。著書に『わいたこら。』(学研プラス)など。

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