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石橋貴明が語る! 高校野球名勝負
石橋貴明と振り返る、80〜90年代の名勝負
「松坂大輔は熱闘甲子園を意識していた!」

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帝京高校野球部出身の石橋貴明。バットを振りぬく姿が実に板に付く
帝京高校野球部出身の石橋貴明。バットを振りぬく姿が実に板に付く【水上俊介】

 高校野球が好きな石橋貴明さんに「夏の甲子園・名勝負ベスト3」の選定をお願いするも、あまりにも思い入れが深すぎて順位付けが困難に。それなら春のセンバツも含め、印象に残っている名勝負に名選手、すべて語ってもらいましょう! 第3回は早稲田実、横浜、報徳学園、池田、PL学園と、甲子園の主役が次々と入れ替わっていく1980年代と、“平成の怪物”松坂大輔の甲子園を振り返ります。(取材日:2020年7月24日)

主役の交代にしびれた1980年代前半

――タカさんが帝京高校を卒業してから、同じ東東京で活躍したのが早稲田実の荒木大輔さんでした。


 ここからの流れが大好きなんですよ。名勝負が多すぎて「この1試合」と決めることはできないんですけど、1980年から早稲田実、横浜、報徳学園、池田、PL学園と続く流れが、本当におもしろくて。


――主役の座がどんどん変わっていきましたね。


 荒木大輔が1年夏に決勝まで勝ち進み、横浜の愛甲(猛)に敗れる。翌夏、早稲田実は3回戦で、金村(義明)の報徳学園に逆転サヨナラ負け。そして、3年夏は準々決勝まで行くも、池田の強力打線に打ち込まれて完敗。このときの水野(雄仁)と江上(光治)のバッティングは衝撃的でした。特に、水野が荒木から甲子園のバックスクリーン横にたたきこんだホームランは、「何だよ、これ。すごいな……」と。


 池田といえば、74年春に部員11名で準優勝したときの“さわやかイレブン”のイメージが強かったんですけど、もう全然違う。とんでもない腕っぷしで、金属バットをぶんぶん振り回してくる。ボールをとらえたときの音が違いました。


――池田は82年夏、83年春を制して、史上4校目の“夏春連覇”を達成します。


 あまり知られていませんが、センバツの初戦の相手が僕の母校・帝京でした。西の横綱対東の横綱で、初戦屈指の好カード。ところが、初回からボコボコに打たれて、終わってみれば0対11。たしか1回裏の帝京の攻撃は、水野に三者三振だったんじゃないかな。もう相手にならない。その年の夏は、池田の“夏春夏”の3連覇がかかり、準決勝へ。ここで立ちはだかったのが、KK(清原和博・桑田真澄)がまだ1年生だったPL学園です。誰もが池田有利と思う中で、桑田が池田打線を完封して、さらに自らレフトスタンドにホームランまで打つんです。

大利実

1977年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、スポーツライター事務所を経て独立。中学軟式野球、高校野球を中心に取材・執筆。著書に『激戦 神奈川高校野球 新時代を戦う監督たち』(インプレス)、『高校野球継投論』(竹書房)、『高校野球界の監督がここまで明かす! 打撃技術の極意』(カンゼン)、『部活はそんなに悪者なのか!? 脱ブラック部活! 現役教師の挑戦』(インプレス)などがある。

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