東海大野球部に見る、“信頼”の大切さ 「我慢」の先にある成長を見据えて――

中島大輔

安藤が大切にする「信頼関係」

今秋ドラフト候補の小郷賢人(左)と山崎伊織 【写真提供:東海大学野球部】

 安藤は東海大の監督就任以来、多くの選手をプロや社会人チームに送り出してきた。初年度の18年は6人、19年と20年はそれぞれ12人。社会人時代のネットワークがあり、「僕が疑われないような選手はちゃんと送っている」。しっかり力を備えた選手を送り出すから、翌年以降も相手は受け入れてくれる。それがアマチュア野球の“信頼関係”だ。

 今年は新型コロナウイルスの感染拡大により、全日本大学野球選手権は中止が決定、春季首都大学リーグの開催も見通せていない。そんななか、「社会人やプロに行ける実力のあるヤツは、ちゃんと行くと思う」と安藤は語る。例年、3年秋になると有力選手に社会人チームから声がかかり、その中でプロを志望する選手とは春のリーグ戦後に話し合っていく。

 逆に心配なのが、一般就職の学生たちだ。コロナショックで新卒の採用数に影響が出ないか、送り出す側として不安を募らせている。

 一方、大学は高校生を迎え入れる側でもある。東海大には14の付属校があり、毎年一定の人数が入学する。加えて外部からも獲得するが、この点でも心配ないと安藤は話す。

「毎年つながっている高校がありますからね。僕は『誰をください』とは言いません。つながりのある監督は、いい選手を送ってくれます。今年は自分で見られないけれども、選手を獲るのにもアマチュア野球の信頼関係があると思う。それに、もともと追いかけている選手は追いかけていますからね。正直、コロナの影響はそんなに気にしていないです」

 安藤が「アマチュア野球では信頼が大切」と語るのは、チーム間の連鎖があるからだ。高校から素質のある選手を送ってもらい、入学時より伸ばしてプロや社会人チームに送り出すことで、前と後ろに信頼関係が築かれていく。だからこそ指導者として「見る目」を養いながら、選手の実力、人間性を伸ばそうとしている。西郷に期待するのもそうした点だ。

「大学と社会人では、指導する上で大事なことに違いがあります。東海大学での経験が、西郷のこの先にも絶対役立つなと思って声をかけました」

「我慢が人を成長させる」名将の信条

 対して西郷は何とか安藤に恩を返し、東海大の成長、自身の今後につなげていきたいと考えている。

「ホンダ時代に続き、今回もいろいろ動いて呼んでいただいたのは感謝の気持ちしかないです。安藤監督の姿を見ながら、選手に対する接し方、チームをどう持っていくかを勉強させてもらい、今後も自分が野球に携わっていけるような準備をしたいと思っています」

 同じ指導者としてグラウンドに立つ安藤と西郷の出発は、新型コロナウイルスの感染拡大というアクシデントに出鼻をくじかれた。しかし、「我慢が人を成長させる」を信条とする安藤は、この先に生まれる化学変化が楽しみで仕方ない。

「それぞれの人生でこういう事態が起きましたという中で、確かに自宅待機の期間はもったいないけれど、この間に選手たちは人として成長すると思っています。後ろを向いていても仕方ない。前に進めていくだけですね」

 我慢の奥にある意味は、決して耐え忍ぶことばかりではない。制約のある中から、何を考えて生み出していくか。それが自主性や主体性、モチベーションにつながっていく。

 ホンダの監督と選手という立場から、東海大の監督とコーチという関係へ。安藤と西郷は、我慢の先にある価値を伝えていく時間が、まもなく訪れることを待ちわびている。

(敬称略)

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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