ファイターズ史を変えた「ひちょり生還」 2006年パ・リーグプレーオフを振り返る

えのきどいちろう

森本稀哲(写真中央)の本塁生還で、日本ハムは25年ぶりの優勝を勝ち取った 【写真は共同】

 プロ野球にはたくさんの名勝負・名場面が存在する。今回は北海道日本ハムが25年ぶりのリーグ優勝を決めた、2006年のパ・リーグプレーオフ第2ステージ第2戦(vs.福岡ソフトバンク)にスポットを当てたい。この試合を現地で観戦したファイターズファンのライター・えのきどいちろうさんが振り返る。

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あと1勝か引き分けで、北海道に日本シリーズが……

 生涯で1試合選べといわれたら迷いなくこの試合です。2006年のプレーオフ第2ステージ第2戦。当時はまだ呼び名がクライマックスシリーズではなかったし、リーグ戦終了時の1位がリーグ優勝ではなく「首位通過」という扱いでした。僕は長年のファイターズファンとして、札幌に泊まり込みです。25年、四半世紀ぶりの優勝を見るためにはホークスを倒すしかなかった。

 僕は1981年の優勝を大学時代に見ているんですよ。江夏豊、柏原純一、ソレイタの時代。まさかそれからこれほど長い低迷が続くと思ってなかった。浦島太郎の玉手箱のようです。モクモクと煙を浴びたら、すっかり中年になっていました。

 絶対に優勝が見たかった。僕は三塁側内野席で大一番を見守りました。先発はファイターズが八木智哉、ホークスが斉藤和巳。その年の新人王と最多勝投手の激突です。札幌ドームは4万2千のフルハウス。札幌の街が特別な熱を帯びていました。市電でもバスでも職場でも学校でもみんなファイターズの話をしていた。あと1勝、もしくは引き分けでパ・リーグ優勝が決まる。そうしたら北海道に史上初めて日本シリーズがやって来るんです。

 八木は味方の好守にも助けられ、ナイスピッチングでした。第1戦勝利投手のダルビッシュ有と違って、八木は打たせて取るタイプです。金子誠が三遊間のゴロに飛びつき、新庄剛志が俊足を飛ばしライナーを好捕する。みんなで守ってみんなで勝つムードができていった。この年のファイターズは内野も外野も本当に守備がよかった。

 といっても相手のエース・斉藤和巳はバツグンの出来です。ファイターズ打線は本当に手も足も出なかった。打線のなかではサードでスタメンの稲田直人が相性がよかったんです。稲田はヒットを放ちますが、どうしても得点に結びつかない。試合はとうとう0対0のまま、最終回にもつれ込みます。

9回表、ファンの“意思表示”から空気が変わる

稲葉が斉藤和巳のフォークを拾い、今も記憶に残る一打が生まれる 【写真は共同】

 9回表、ホークスの攻撃の最中、面白いことが起きたんです。ずっと0対0の重圧に耐えていた札幌ドームのファンが突如、ウェーブを始めました。僕は「ええっ」と思った。空気感が変わります。どわどわざわざわ。好投の八木に影響が出ないといいなぁと思った。八木は大丈夫でした。きっちり0点で抑え切った。

 それよりも、そのウェーブのもたらした効果です。北海道のファンは「ホークスの攻撃、早く終われ」という“意思表示”をしたんですよ。ぴーんと張ってきた緊張の糸が緩み、何かが変わった。攻撃、早く終われ。早くファイターズに打たせろ。決めてやる。

 9回裏、球場の空気感が変わったのが、先頭・森本稀哲の打席にいきなり出ました。ストレートの四球です。そんなこと、8回までの斉藤にはあり得なかった。2番・田中賢介は送りバント。3番・小笠原道大は敬遠。4番・セギノール、空振り三振で2死一、二塁。球場全体360度が「北の国から」を叫び続ける。5番・稲葉篤紀、もちろん稲葉ジャンプだ。札幌ドームが揺れる。稲葉は昨日今日とノーヒットだけど、斉藤のフォークをうまく拾うんじゃないか。ファイターズでいちばん空振りしないバッターですよ。

 1ボールからの2球目、稲葉は拾った。打球はセカンドへ。この瞬間、ファイターズは全員が全力疾走しました。2アウトです。どこでアウトになっても終わる。一塁走者の小笠原が、死にもの狂いでセカンドベースにすべり込む。送球が逸れてセーフ。打者走者の稲葉がファーストベースに駆け込む。

 そして二塁走者のひちょりです。サードベースを蹴って、迷いなくホームへ突っ込む。このシーンは観客としてどこを見たらいいか難しかったんです。セカンドのセーフを確認し、稲葉を見て、すぐにひちょりを目で追った。そして足からのスライディングでホームをすーっとすべり抜けたのを確認した。

日本一よりも断然、優勝がうれしかった

現地観戦していた筆者は、斉藤和巳がマウンド上で崩れ、ズレータとカブレラに抱えられるシーンは後から映像を見て知ったという 【写真は共同】

 そのすーっと抜ける残像の後、頭がふっ飛んだ。僕は何も言えず、叫べない。両の拳を握って、何度も振った。ファイターズが優勝した。ファイターズが優勝した。自分でもどうにもならないんだ。ぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれてきて、止まらない。本当に何も言えなかったです。「わー、やったー」とか言って飛び上がるかと思ったのに。

 だから、斉藤がズレータとカブレラに抱えられマウンドを降りる有名なシーンや、捕手の的場直樹が座り込んで動けずにいる姿は後から映像を見て知りました。僕は情けないことにぽろぽろぽろぽろ泣き続けていた。あんなに涙が出てくるのかと驚いた。拭(ぬぐ)ってもあとからあとからぽろぽろ出てくる。

 この後、日本シリーズで中日を制し日本一に輝くんだけど、僕は断然、このパ・リーグ優勝のほうがうれしかったですね。ひちょりがホームベースをすーっと抜けていく。その残像を思い返しては1カ月くらい泣いてましたよ。思いが叶うっていうのはあれなんだ。

 ひちょりのホームインがファイターズの球団史を変えてくれたと思っています。

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 今回取り上げた「2006年パ・リーグプレーオフ第2ステージ第2戦 北海道日本ハムvs.福岡ソフトバンク」は、4月22日(水)18時より速報開始!
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