ヤクルト・村上が抱く熊本への思い 故郷復興を自らのバットで後押し

菊田康彦

本塁打1本につき、熊本城修復の寄付へ

昨冬の契約更改時に故郷のシンボル・熊本城の復興にひと役買うことを公表した 【写真は共同】

 村上は2000年2月2日に熊本市で生まれた、いわゆる「ミレニアムベビー」である。高校までは地元で過ごし、九州学院高1年だった15年夏に一塁手として甲子園に出場した。

 その翌年、16年の春に最大震度7の巨大地震が熊本を襲う。愛着ある故郷のため、できることはないか――。17年のドラフトで東京ヤクルトから1位指名を受けて一旦は地元を離れたが、プロに入ってからも常にそのことが頭にあった。

 プロ2年目にして大ブレークし、年俸が800万円から4500万円(金額は推定)に大幅アップした契約更改後の記者会見。自ら「ちょっといいですか?」と切り出すと、「来シーズンは僕がホームランを打ったら、1本につき熊本城(修復のため)の寄付金として、シーズン終わりに寄付しようと思っています」と発表した。

 小学生の時に遠足で熊本城を訪れ、高校時代には熊本城公園内にある藤崎台球場で試合をした思い出もある。修復は進められているものの、完全に復元されるには約20年かかるともいわれる故郷のシンボル復旧のため、一役買いたいとの思いがあった。

「まだ全然ですけど、いつか活躍したら少しでも力になりたいなっていうふうに思ってました。とにかく熊本城が復旧して、少しでも早く熊本が元に戻ってくれたらなと思います」

 昨年はシーズン中に熊本のPRキャラクターである「くまモン」と自身のコラボで、Tシャツやタオル、キーホルダーといったグッズも発売されたが、今年は自らのバットで故郷の復興を後押しする。

侍ジャパンにも昨春選出、可能性は無限大

侍ジャパンには昨春のメキシコ戦で初選出。来年に延期された東京五輪でも日の丸を背負った姿を見たい 【写真は共同】

 その同じ席で、村上は東京五輪への思いも口にしている。昨年の開幕前には「ENEOS 侍ジャパンシリーズ2019 日本vs.メキシコ」で若手主体の侍ジャパンのメンバーに選ばれたが、あらためて「日の丸を背負ってプレーしたいという思いはずっとありますし、(代表)チームに選ばれることはすごく光栄なことなので、そこも目標」と話した。

 今シーズンのプロ野球は東京五輪開催のため、例年よりも1週間早く開幕する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大を受けてこれを延期。開幕日は今も決まっていない状況だ。一方、春季キャンプの途中で下半身のコンディション不良のために離脱し、オープン戦中に一軍に復帰したばかりの村上にとっては、万全の状態で開幕を迎えるための猶予ができたことになる。今はその日に向けて、しっかりと準備していくだけだ。

「球界の宝」、「将来の日本の4番」――。

 関係者の間からは、たびたびそんな声も聞こえてくる。身長188センチ、体重97キロという恵まれた体躯と、打席での堂々とした立ち居振る舞いには大物感すら漂うが、まだプロ3年目の20歳。輝かしい未来に向け、可能性は無限に広がっている。

2/2ページ

著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント