イチロー引退「3・21」の記憶 あの日から1年、新たな日常を刻む

丹羽政善

上梓本の作業が終わり、区切りがついたと思いきや……

キャンプ地のピオリアでキャッチボールを行うイチロー 【Getty Images】

 引退直後は、慌ただしく日々が過ぎた。

 古い資料を集め、過去をたどった。「3・21」に立ち会ったチームメートらに改めて話を聞いた。それをインターネットで、新聞で、雑誌で、テレビで伝えたが、それらに忙殺され、自分自身がイチローの引退に向き合う時間がなかった。

 夏前には少し落ち着き、そこに正面から向き合うべく、本の企画を練り、プロットを作り、必要な資料を整理した。オフシーズンになってから本格的に本を書き始め、年が明けてから脱稿。それが24日に上梓する『イチロー・フィールド』(野球を超えた人生哲学)で、すべての校正作業を終えたとき、なんとなく気持ちに区切りがついた感覚があったが、ピオリアで久々にキャッチボールをする姿を見て、過去のキャンプでの光景が、せきを切ったように溢れ出た。区切りなどついていなかった。

引退から1年、イチローの新たな日常は若い選手とともにある。新章として、指導者としての一歩を刻み始めていた 【Getty Images】

 ところであの引退の日、米メディア向けの囲み会見で、「オリンピックに出るつもりは?」とイチローに聞いた米記者がいる。

 通訳を待たずして「NO」と答えたイチローだったが、あんなキャッチボールを見せられたり、去年のシーズン中、若手の早出特打ちに付き合い、一人で外野の球拾いをしているときの運動量、体のキレを見ると、あの質問は案外、面白いと思ったりすることもあった。

 しかし、別の日にまたピオリアへ行ったとき――それは、オープン戦の即日中断と、今季の開幕延期が決まった日だったが、イチローは、室内ケージで若い選手を相手に打撃投手を務めていた。

 その光景こそが、イチローの日常。そのことをはっきりと知らされた。

 引退から1年。イチローはすでに新章に、指導者としての一歩を刻み始めていた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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