厚底シューズが選手の意識を変えた? 東京マラソンが示した、勝つための新基準

折山淑美

大きかった“MGC効果”

多くの選手が日本記録を上回るハイペースに果敢に挑んだ 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 だがそれ以降の多くの選手は、5キロ15分ペースでいって後半は失速するというパターンを繰り返していた。そんな中で昨年秋から「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)ファイナルチャレンジ」が始まった。東京五輪代表の最後の1枠を勝ち取るのに、大迫が持つ日本記録を1秒上回る2時間5分49秒が必要条件になったことが大きいだろう、昨年12月の福岡国際マラソンが前半ハイペースだったように、挑む選手たちの気持ちが変わってきた。

 今回も、大迫と井上だけが入った先頭グループは、1キロ2分55〜56秒の設定で中間点通過は1時間1分58秒〜1時間2分1秒。一方、日本人選手が多く加わった第2グループは、ゴールタイム2時間5分台前半の計算となる2分58秒の設定で、高久や上門、2時間7分5秒を出した定方俊樹(MHPS)など、2時間7分台前半を出した選手たちは1時間2分21〜22秒で通過した。彼らを含め、これまでの日本記録ペースを元に設定された中間点の想定通過タイム、1時間2分57秒以内で実際に走った日本人選手は、途中棄権の4人を含めて31人もいたのだ。

東京マラソンが新基準になる

大迫(左端)ら、多くの選手がナイキの“厚底シューズ”でレースに臨んだ 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 今回の好記録ラッシュは、ナイキの“厚底シューズ”が席巻した昨年末の全国高校駅伝以降の駅伝や、ロードレースでの好記録続出を見れば、ある程度予想されていたことでもある。だが、今回数多くの選手がハイペースに挑んだのは、「そこに挑戦しなければ(五輪出場の)可能性はなくなってしまう」という決意とともに、これまでのようなタイムに対する恐怖心や先入観が払しょくされていた結果だとも思える。シューズの是非は別にしても、それが実際の厚底シューズ効果だとも言えるだろう。

 そうした中で言えるのは、ロードレースなどではこれまでの記録の基準が当てはまらなくなりつつあるということだ。「2時間6分台に入ったからには、さらに上のタイムはもちろんのこと、代表がかかったレースで勝ちたいというのはある」と話す上門も、「周りもすごいタイムが出ているので、そこまで価値のある6分台でもないからという思いもある」と話していた。それが選手たちの正直な実感だろう。

 犬伏監督も「今は厚底シューズでやっている練習と、普通のシューズでやっている練習はタイムが違いすぎるので、練習日誌を別にしなければ整理ができない。今回も全体的な結果は良かったが、どのくらいのところが目安になるかというのはちょっとずつ……。あと1年くらいしたら見えてくるんじゃないのかなと思います」と言う。

 ただ、選手たちにしてみれば、これからのマラソンは、多くの選手が中間点を1時間2分中盤以内で通過した今回のレース展開を基準にして考えなければいけない、ということを強く意識させられたのは事実だろう。

 確かにこれはMGCファイナルチャレンジがあったからこその効果だが、今回の東京マラソンは好結果以上に、選手たちの意識を大きく変えるきっかけにもなるはずだ。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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