高校サッカーで進化するロングスロー戦術 もはや単なる「飛び道具」ではない
一度敵ゴール付近にポジションを取ってからスロワーに寄っていくなど、ボールの受け方にも戦術的進化が見られる 【写真:松尾/アフロスポーツ】
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ゴール前の混戦を生み出す以外のメリット
第98回全国高校サッカー選手権大会は、1月5日に準々決勝を終えてベスト4が出そろった。12月30日に始まった戦いの中で、多くのチームが個性を見せながら涙をのんだが、ここまでの試合を通じて、近年高校サッカー界で流行しているロングスローが進化を遂げていることが確認できた。
3回戦で青森山田(青森)に敗れた富山第一(富山)は、1回戦の立正大淞南(島根)戦でロングスローからオウンゴールを誘発。大塚一朗監督はこう語っている。
「プロに比べてヘディングを強く返せない選手が多いために、高校サッカーではロングスローが有効になっているように思います。最近は特に、小さい子供にサッカーを教えるときも、地面を転がすパスを中心に教えるので、ヘディングの練習は少なくなっています」
たしかに、日本の弱点である空中戦の弱さが、ロングスロー流行の背景にあるというのは一理ある。しかし、実はロングスローの流行の裏側には、単に相手ゴール前の混戦を生み出せるということ以外のメリットを見つけ始めているチームがあり、それも要因のひとつとなっている。
近年の高校サッカーでロングスローの有効性を強烈に印象付けたのは、今大会で連覇を狙っている青森山田だ。ベスト4まで進んだ2015年度は、12得点中5得点を原山海里(現・東京学芸大)のロングスローから生み出した。優勝した16年度は、郷家友太(現・J1神戸)のロングスローから3得点。以降、全国的にロングスローを投げる選手が急増した。
以前はロングスローを投げられる選手は多くなく、特殊な技だった。しかし、現在は、1チームに複数のロングスロワーがいるのは、珍しくない。スローインの機会が多い両サイドバックには決まって練習をさせているチームもある。
ロングスロワーが増えているということは、練習をする選手が増えていることを意味する。流経大柏(千葉。今大会は不出場)では、何でもやるからには1番を目指すという本田裕一郎監督(今季をもって退任)の下、基礎練習に採り入れ、主力選手のほとんどが投げられるようになった。
ここ数年、高校生世代でロングスローを投げる選手に話を聞き続けてきたが、やはり投げる回数が多いと、そのうちコツが分かって飛距離が伸びるようだ。初めは腕力に頼りがちでも、肩甲骨周りの稼働域を生かす、背筋の力で投げる、ボールを横からつかまずに後ろをつかむようにしてバックスピンをかけて投げるといった工夫によって、より正確に、無駄な力を使わず、飛距離を伸ばせるようになるという。近年は、ジュニアユース(中学生)年代でも投げる選手が増えてきているほど、ロングスロワーは増えている(ただし、身体ができ上がっていない小・中学生の多投は、個人的には勧めない)。
いまやFKやCKと変わらないレベルに
今回の高校選手権でも、いくつものチームがロングスローを戦術として採用。それを起点にゴールも生まれている 【写真:松尾/アフロスポーツ】
飛距離ばかりが注目されがちなロングスローだが、実は複数のメリットがある。
1.直接、ゴール前にボールを運べる。
2.両手でボールを扱うため、ミスが少ない。
3.高い位置からボールが動き出すため、守備側が落下点を予測しにくい。
4.オフサイドがない(スローインでは、オフサイドが適用されない)。
5.スロワーごとの特徴の違いを守備側は把握しにくい。
「2」を重視するのは、青森山田の黒田剛監督だ。16年度の優勝後に取材をした際には「スロワーが疲れてきたら投げさせない」とも話していた。これは、後述のデメリットまで考えた判断だ。
「3」は、市立船橋(千葉)のGKに指導を行っている浦安(社会人クラブ)の伊藤竜一GKコーチらが「ライナーは軌道が予測できず、GKが出にくい」と証言している。山なりであれば対応できるが、ライナーはGKにとって必ず弾けるという確信を持てないという。
「4」は、受け手の位置取りを大きく左右する。「3」で分かるように、守備の選手は自分の頭を越してしまうリスクを考えて、ボールに向かっていくことに慎重になる。そのため、特にゴール方向に投げるスローインの場合、受け手はゴール方向に飛び込むより、ゴールから離れながら受けたほうが落下地点で競り勝ちやすくなる。
オフサイドがないため、ゴールの中から戻る形も可能だ。走り出す位置がゴールに近いほど、マーカーをボールから遠ざけられる。今大会でも、前橋育英がこの形を徹底していた。
スロワーが投げたボールに味方が触ることができれば、より高い確率でゴール前の混戦を生むことができる。受け手がボールを触った後、どこに落ちてくることが多いか、触れなかった場合の落下点候補といったデータをチームで共有し、相手より早く反応できる可能性を高めることも、すでに常識だ。もちろん、ターゲットマンを囮(おとり)に使うこともあり、もはやFKやCKと変わらないレベルのセットプレーとなっている。
「5」は分かりにくいのだが、ロングスローと一口に言っても、投げる選手によって飛距離も弾道も異なる。17年度のインターハイ決勝戦、日大藤沢(神奈川)から決勝点を挙げた流経大柏の熊澤和輝は、「左のスロワーは飛ぶけど、右はそれほどでもないのに、相手がすごく下がっていた」と空いたニアサイドへの落下を予測し、ボールを受けてシュートを決めた。これは、ロングスローをピンポイントで使うケースや途中出場の選手が投げる場合に効果が大きい。