「強くありたい」羽生結弦が抱く思い NHK杯で見せた“求道者”たる姿勢

沢田聡子

観る者の魂を揺さぶる『Origin』

FSのプログラム『Origin』には、強さを求める羽生の姿勢が詰まっている 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 翌日に行われたフリースケーティングで、羽生は昨季から継続のプログラム『Origin』を滑った。このプログラムは、ネイサン・チェン(米国)と好勝負を繰り広げた昨季の世界選手権で強く深い印象を残している。

 このプログラムの曲は、2002年ソルトレイク五輪で銀メダル、06年トリノ五輪で金メダル、10年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得している“皇帝”エフゲニー・プルシェンコ(ロシア)が使っていた『Art on Ice』。強いプルシェンコに憧れた、羽生の原点ともいえる思いが込められている。

 息が詰まるような緊迫感を伴うこのプログラムを、羽生は冒頭の4回転ループ、続く4回転サルコウを加点のつく出来栄えで成功させ、着々と滑っていく。しかし後半に入り、予定していた4回転トウループからの3連続ジャンプで、ファーストジャンプが2回転になり単発のジャンプとなってしまう。観る者はため息をつくような瞬間だったが、羽生の真骨頂はここからだった。直後に予定していた3回転アクセル―3回転トウループを、4回転トウループ―3回転トウループに変更したのだ。

 後半の1本を含む4本の4回転を組み込むプログラムをミスなく滑ることは、たとえ羽生であっても簡単ではないはずだ。しかし、そのことを誰よりも羽生自身が認めようとしていない。ショート後の囲み取材の最後、選手としての引き際をどう考えているか問われ、羽生は次のように答えている。

「僕は勝つためにスケートをやっているので、みじめな姿を見せたくないというのはすごくありますし、自分のマックスの構成ができないんだったら、やめると思います」

 幼い頃にプルシェンコに憧れた羽生の原点にある「強くなりたい」という思いを貫くために、羽生は求道者のように生きている。勝ち続けることを自らに課す羽生の姿勢が結晶したような『Origin』は、観る者の魂を揺さぶる力を持っているのだ。

 羽生はフリー195.71、総合305.05というスコアを出し、NHK杯優勝とGPファイナル進出を決めた。ファイナルの会場となるトリノのパラベラ競技場がトリノ五輪のフィギュアスケート競技会場でもあることから、メダリスト会見でトリノ五輪の思い出を問われた羽生は「プルシェンコ選手が金メダルを取った場所でもある」と言い、勝つ決意を口にした。

「僕自身も、そこで金メダルを取れたらいいなと思っています」

 強くあり続けることを使命として、羽生結弦はパラベラ競技場のリンクに立つ。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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