台風19号とラガーマンたちの崇高な輝き サッカー脳で愉しむラグビーW杯(10月13日)

宇都宮徹壱

中止か、それとも開催か? 台風19号の明暗

台風19号の被害が各地で伝えられる中、横浜での日本対スコットランドは予定通り開催されることとなった 【宇都宮徹壱】

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会2019は20日目。9月20日から始まった大会も、この日がいよいよ予選プール最終日である。ここ数日、大会関係者にとって気が気でなかったのが、大型で強い勢力の台風19号の進路。結果として、10月12日のニュージランド対イタリア(豊田)、イングランド対フランス(横浜)、そして13日のナミビア対カナダ(釜石)の3試合が中止となってしまった。12日の2試合については、前日に中止のアナウンスが出ていたが、13日の試合は当日朝での決断となった。

 それぞれの当事者にとって、極めてつらい結果となったことは間違いない。イングランドとフランスは、決勝トーナメント進出を決めたチーム同士の対戦だったが、イタリアはベスト8に滑り込む可能性を残していた。あくまで数字上での話ではあるが、それでも「われわれのW杯はピッチ上ではなく、練習場で終わりを告げた」と語る、イタリアのヘッドコーチ(HC)の言葉は胸に迫るものがある。ナミビア対カナダは消化試合だったが、会場となる釜石にとっては、地元で開催する2試合のうちの重要な1試合。この日のために、長い期間をかけて準備してきた関係者の無念は、いかばかりであろうか。

 とはいえ、きょうこの瞬間にも、台風被害に苦しんでいる人々が数多くいるという現実を、われわれは忘れてはならない。どんなに頑張ってみたところで、人間は自然災害に勝つことはできないのである。そんな中、横浜国際総合競技場で19時45分に開催予定の日本対スコットランドは、予定通りキックオフされることが決まった。中止するにしても、開催するにしても、決断に至るまでにはさまざまな葛藤があったはず。いずれの決定についても、主催者側の心身を削るような決断を全面的に支持したい。

 横浜の会場には、かなり余裕を持って向かうことにした。幸いJR中央線も横浜線も、午後には平常通りの運行。同じ列車の車両に、ボランティアスタッフのジャージを着た、若い男女の姿を見つける。大会の主催者だけではない。交通インフラからボランティアに至るまで、さまざまな人々の目に見えない努力があってこそ、このビッグイベントは成立している。われらの日本代表が、史上初となるベスト8を懸けた大舞台は、かくして無事に整った。あとは、ピッチに立つ彼らを信じるのみである。

大きく負け越しているスコットランドに4トライ

横浜にやって来たスコットランドのファン。過去の対戦成績では日本を大きく引き離しているだけに自信満々 【宇都宮徹壱】

 すでに他のプールでは、決勝トーナメントに進出する上位2チームが決定。混沌(こんとん)とした状況が続くプールAでも、12日にアイルランドがサモアに47-5で勝利し、勝ち点16でベスト8進出を決めた。日本は14ポイント、スコットランドは10ポイント。日本は勝つか引き分ければ決勝トーナメント進出が決まるが、相手にボーナスポイントを与えて敗れると、前回大会に続いて3勝1敗での予選プール敗退となる。敗れても2位抜けするには、相手に4トライを許さず、7点差以内でボーナスポイントを獲得することが条件だ。

 かように「負けた場合」を考慮しなければならないのは、日本がスコットランドに大きく負け越しているからである。過去の対戦成績は1勝10敗。唯一の勝利は1989年5月28日、秩父宮ラグビー場での対戦(28-24)だが、なぜかスコットランド側はこれを公式記録として認めていない。今回の対戦では、日本は中7日なのに対してスコットランドは中3日。日程的には圧倒的に日本が有利だが、スコットランドは主力を温存しながらロシア戦で5ポイントの上積みに成功し、ほぼベストの状態でこの日を迎えていた。

 前半は予想外の展開。開始6分、スコットランドがトライとコンバージョンを成功させ、7点を先制する。しかし日本は奇跡のようなパス回しから、18分に松島幸太朗、26分に稲垣啓太が連続トライ。さらに39分には、ウィリアム・トゥポウのキックを福岡堅樹が持ち込んで、3試合連続トライを決める。田村優も3本のコンバージョンを成功させ、前半は21-7。日本はスコットランドを相手に、今大会初めて前半だけで3トライを決め、ボーナスポイントまであと1トライとする。この展開、誰が想像できただろうか?

 後半2分、日本は福岡がこの日2本目のトライをゲット。田村のゴールも決まり、28-7として早々にボーナスポイントを獲得する。しかし、ここからスコットランドが本領を発揮。強力FWを前面に押し出し、後半9分と15分にトライとゴールを挙げて7点差にまで迫った。

 ふと、過去に経験したことのある緊張感がよみがえる。ここ横浜で、02年6月9日に行われた、サッカーW杯の対ロシア戦。後半6分に稲本潤一のゴールで先制した日本が、ロシアの度重なる反撃に耐えながらW杯初勝利をもぎ取るまでの緊張感が、17年の時を超えてよみがえったのである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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