台風19号とラガーマンたちの崇高な輝き サッカー脳で愉しむラグビーW杯(10月13日)

宇都宮徹壱

「2002年のロシア戦」を超える大偉業の達成

日本ラグビーの歴史が塗り替えられた日。その瞬間を目撃した人々は皆、幸せな表情で帰路に就いていた 【宇都宮徹壱】

 その後もフィジカル全開のスコットランドに対し、日本はしぶといディフェンスと果敢なタックルを繰り返しながら、少しずつ時間を殺してゆく。そして残り1分、自陣深くのスクラムとなり、80分のホーンが鳴り響く。一瞬、ボールの行方が見えなくなったが、ボールを握ったのは日本だった。最後は山中亮平がタッチラインに蹴り出してノーサイド。28-21で勝利した日本は、予選プールを4戦全勝として、1位通過で初のベスト8進出を果たす。それはまさに、日本ラグビーの歴史が変わる瞬間であった。

 試合後、記者席のある5階から会見場のある3階まで、夢心地で駆け下りていった。この感覚もまた、17年前のロシア戦に勝利した時とまったく同じ。あの時のW杯初勝利は、確かにうれしかったし、とても誇らしかった。けれどもラグビーの日本代表は、もっと素晴らしい偉業を成し遂げた。何しろティア1(伝統国)2チームを破っての予選プール全勝、しかもアジア勢初のベスト8進出である。残念ながらサッカーの日本代表は、まだそこまでの高みは経験していない。

 試合後の会見もまた、素晴らしいものであった。スコットランドのグレゴー・タウンゼント、日本のジェイミー・ジョセフ、両HCとも会見の冒頭で台風の犠牲者への哀悼の意を示した。さらに印象に残ったのが、日本のリーチ・マイケル主将のコメント。いわく「試合前に、ジェイミーが『これはわれわれだけの試合ではない』と語っていた。この試合を実現させるために、多くの人たちがたくさんの努力をしてくれたことも知っている。この試合が、日本の皆さんにとって必要であることを(自分たちは)理解していた」──。

 自国のラグビーの歴史を塗り替えた直後に、こうした配慮のある発言はなかなか出てくるものではない。私たちが応援している日本代表とは、こういう人たちなのである。そういえば試合が中止となった釜石では、ナミビア代表が地元の人々との交流会を催し、カナダ代表は泥出しのボランティア活動をしていたという。今回の台風被害は、もちろん悲しい出来事であった。しかし、この悲劇に見舞われたからこそ、国を代表するラガーマンたちの崇高な輝きを知ることができたのも事実。あらためて、今大会を取材する僥倖(ぎょうこう)をかみ締めている。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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