- スポーツナビ
- 2019年10月3日(木) 07:45

悔しさの残る敗戦だった。だが、ファイナリストへの道も確かに見えた。高山峻野(ゼンリン)にとって、大きな意味が残る試合になっただろう。
陸上の世界選手権6日目が、現地時間2日にカタール・ドーハで行われた。男子110メートルハードル準決勝に、日本記録保持者の高山が登場。前半はトップを走っていたものの、後半にバランスを崩して失速。13秒58で3組6着に終わり、この種目で日本勢初の決勝進出はならなかった。
五輪銀メダリストの先を行っていた

前半の高山は、完全にこの組の主役だった。6レーンからスタートと同時に勢いよく飛び出すと、「3台目までは力を全く使わずに行けた」と、グングン加速していく。2つ隣の4レーンには、2016年リオデジャネイロ五輪の銀メダリストであるオーランド・オルテガ(スペイン)がいた。だが、そのオルテガでさえも高山の速さについていけない。「体感したことのないような速度だった」と、世界のファイナリストにふさわしい走りを見せていた。
だが、未体験のスピードがハードリングの感覚を狂わせた。「さらにテンポアップしよう」と思った5台目で、足がハードルの上に乗り上げる形となり、失速。続く6台目もハードルを倒してしまい、完全にバランスを崩した。「(5台目の時点で)『終わったな』と思いました。さすがに乗り上げてしまったら『ドンマイ』という感じですね」。走るスピードが速くなりすぎたためにハードルを飛び越すための歩幅が合わず、足をさばき切れなかった。
ミックスゾーンに現れた高山は「練習不足だと思います」ときっぱり。報道陣からは「決勝に進めず、悔しいという気持ちはありますか?」という質問も飛んだが、「(目標としていた)『準決勝まで来れたからいいや』という気楽な気持ちでいたので、特にないですね」。見ている者としては悔しい気持ちがあふれる試合だったが、当人は拍子抜けするほどあっさりと敗戦を認めた。
「自分でも理解が追い付かない」と話していた加速的な成長

今季は大躍進の1年だった。6月2日の布勢スプリントでさっそく13秒36の日本タイ記録(当時)をたたき出すと、同月30日に行われた日本選手権でも同タイムで優勝。7月27日には「オールスターナイト陸上」で13秒30をマークし、日本記録を塗り替えた。それから約3週間後の8月17日に行われた「Athlete Night Games in FUKUI」ではさらに速い13秒25と、レースに出れば日本記録を更新するような状態。9月1日に山梨の記録会に出場した時には「自分でも理解が追い付かない。思った以上の結果が出ています」と話していたように、自身でも驚くようなスピードで成長を遂げていた。
山梨では本職ではない100メートルにも出場。「調子がいい中で、走力がどれくらい上がっているか分からなかったので」と出場の意図を説明しており、あらためて自分のスピードを確認するための機会だった。そこで向かい風2メートルの悪条件の中で自己ベストの10秒44を記録しており、すでにこれまでと違う速さを身につけていることを証明していたのだ。
ただ、この日は「(13秒25を出した時よりも)まだまだ行けるような感じがあった」と、それを遥かに上回る手ごたえを感じていた。それだけに、そのまま走り抜けていればどれほどのタイムが出ていたのかと思わずにはいられない。
「どこまでも控えめな男」が語る未来
高山は、アスリートでは珍しいと感じるほど控えめな男だ。決して大きすぎる目標は語らず、常に今の自分がクリアできると思っていることだけを口にする。これだけの走りを見せたのだから、東京五輪への期待は否が応でも高まるが、本人は「オリンピックはまず出ることを目標にしているので。出られるように頑張ります」と、どこまでも自分の足元だけを見つめ、次に目指さなければいけない最初の課題に向かっていく。
あと少しまで迫ったファイナリストの座は、今回手にすることはできなかった。それでも「自分のベストを出せば、いつかそうしたところにもたどり着けるだろうと思います」と、確かな道筋も見えた。今シーズンは20日の田島直人記念(山口県)、26、7日の北九州陸上カーニバル(福岡県)と、まだ2試合を残している。そこで「ベスト」と思える力を出し切れれば、世界との距離はさらに近づく。
(取材・文:守田力/スポーツナビ)