楢崎智亜が駆け上がる「五輪表彰台の頂」 遊び心こそスポーツクライミングの極意
世界選手権2冠の絶対王者・楢󠄀崎智亜がスポーツクライミングの奥深さや楽しさを語る 【写真:C-NAPS編集部】
全体の7位以内かつ日本勢最上位であれば五輪代表に内定するコンバインド(複合)の大一番で、観衆は「絶対王者の誕生」を目撃した。評判に違わぬ異次元のクライミングで会場の視線を一身に集め、優勝で東京五輪内定を決めたのは、もちろん楢󠄀崎智亜(崎は山へんに立つに可/TEAM au)だ。種目別のボルダリングに続く2冠を達成し、「現役世界No.1クライマー」としての名を欲しいままにしている。
2020年東京五輪から正式競技となったスポーツクライミングは、近年のボルダリング人気の向上に伴い、大きな注目を集めている。今回はその新競技において「金メダル候補」との呼び声高い楢󠄀崎に、観戦のポイントと競技の魅力について聞いた。世界の頂点に君臨しつつも、「もっと強くなりたいです。強い方が楽しいんで」と語るその表情からは、揺るぎない自信が滲み出ていた。
「3種目の掛け算」で順位が決まるコンバインド
コンバインドで1位に輝くなど総合力が高い楢󠄀崎だが、もっとも得意としているのはボルダリングだという 【Getty Images】
日本でも人気のある「ボルダリング」は4分の制限時間内で用意された課題を登れるかを競います。全て登ったら1位になりますが、登頂数が同じ場合はそれぞれの壁の途中にあるゾーンというボーナスポイントをいくつ獲得したかで順位が決定する仕組みです。また、ボーナスポイントも同じだった場合は時間内でトライした本数が少ない選手が上の順位に立ちます。
「リード」は6分の制限時間内に12〜17mの壁を登り、その高度を競う種目。クライマーにつながれたロープで安全を確保しながら登るフリークライミングタイプです。完登すればトップになりますが、難易度が高く完登できる人はほとんどいません。同じ場所までたどり着いた人が複数いた場合は、辿り着いた際のタイムが速い方が上の順位になります。
東京五輪ではこの3つの種目を行い、総合的な成績で順位を決める「コンバインド」が採用されています。面白いのは3つの競技の順位を掛け算するところ。つまり、3つの積がもっとも小さい選手が最上位になります。例えば、スピード1位、ボルダリング2位、リード3位だったら「1×2×3=6点」です。自分が世界選手権で優勝した際は「2×1×2=4点」でしたね。最高は1点ですが、そんなオールマイティーな選手はこれまで見たことがありません。いずれは自分がそうなりたいと思っています。
完登が難しいリードは、セッターと呼ばれる設計者の意図を汲み取る思考力やメンタル面の強さも要求される 【Getty Images】
ただ、コンバインドで考えるとスピード種目でも良い成績を残していますね。スピードを専門としている選手が総合力を競うコンバインドの出場枠を得ることは稀なので。コンバインドは3種目全てで成績を残す必要があり、3種目の掛け算のルールなので1位を獲れると絶対的に有利となります。反対に1種目でも低い順位だと、その時点で金メダル遠ざかることもありますね。
このようにルールがすごくシビアだからこそ、僕は常に遊び心を忘れないようにしています。クライミングを楽しむ姿勢がなければ良い動きもできないですしね。メディアに注目していただいている「智亜ステップ」も、実は「やってみよう」と思った日にすぐにできたんですよ。スピード種目で実践しているステップですが、ボルダリングの要素が詰まっていて、全身を一度丸めてから直線的に飛び上がることで効率良く壁を登れるんです。ボルダーだからこそ生まれた技ですね。
どれだけ上達しても「どう登ろうか」と常に考えて楽しむ姿勢は、クライミングの競技においては重要だと思います。特にリードとボルダリングはセッターと呼ばれる設計者が課題の壁を作るので、作り手の心理状況を読むことが完登の鍵を握ります。つまり、思考力やメンタル面の充実が、クライミングの成績に影響を及ぼすのです。以前に「メンタルはフィジカルを強くできる」と教えられたこともありますが、今ではその意味を理解できるようになりました。