連載:僕しか知らない星野仙一

たとえ嫌われ者であっても使いこなす 星野さんのすごさ

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第9回

編成担当の黒田氏に対し、「すべて忘れる」と伝えた星野さん。その後、黒田氏は24人もの「リストラ」や、星野さん退任後に鳥谷獲得に尽力するなど編成として阪神を支えた 【写真は共同】

 星野仙一さんの監督としてのキャリアを語るうえで、欠かせないのが「リストラ」だ。とくに2002年のオフ、阪神が大量の選手を切ったのだが、その数は24人にのぼる。

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 このとき編成担当をしていたのは黒田正宏だった。僕と同い年の法政時代の同窓生である彼は、前任の野村克也さんにその腕を買われて阪神に来ていた。
 だが、黒田については、悪い話ばかりが聞かれた。ダイエー時代、当時の田淵幸一監督の下でヘッドコーチを務めていながら裏切った。そのことで、田淵さんを辞任に追い込んだために、「悪党」などと陰口を叩かれたりもした。

 ところが、黒田は神経が図太い。ちょっとやそっとのことではへこたれない。それもそのはず、黒田のポジションはキャッチャーだったが、大学時代は田淵さんの陰に隠れて3年間、試合に出場することができず、いざプロ入りしたと思ったら、入った球団が南海だったので、今度は野村さんを超えることができずに「地味な補欠キャッチャー」というイメージのまま現役を引退している。
 だが、常に「耐える」立場にいたからこそ、「この程度のことではへこたれない」というメンタルの強さがあった。

 当然、星野さんだって黒田のこうした一連のことを知らないはずがない。そこで星野さんは阪神の監督に就任した後、黒田を呼んでこんな話をした。
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