連載:僕しか知らない星野仙一

「星野仙一、阪神監督就任」の裏側 まさかの人事はこうして起きた

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第5回

2001年当時、想像できなかった「星野仙一阪神監督就任」。写真は久万俊二郎オーナー(左)と就任会見で握手する星野さん 【写真は共同】

 中日の監督時代、星野仙一さんは間違いなく自分のやりたいようにチーム運営ができていた。「優勝するには選手補強が必要」というのは、すなわちカネが必要だということだ。
 そのお金をオーナーに承諾を得て引き出すためにも、さまざまな交渉に乗り出していった。第一次星野政権時代は落合博満、第二次星野政権のときには、宣銅烈(ソンドンヨル)、李鍾範(イジョンボム)など、韓国のスーパースターを獲得、通算で2度の優勝を果たした。

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 だが、球団から金を捻出して優勝したものの、「連覇」をすることはできなかった。強さが継続しないにもかかわらず、支出するお金は増えていく……これでは球団経営に支障をきたすと当時の中日上層部は判断し、星野さんは2001年シーズンを最後に中日の監督の座を退いた。
 そしてここから「まさかの監督人事」が阪神で起きたのだ。
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