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元ソフトBの李ボム浩が現役引退
日韓で親しまれた「花のイケメン満塁男」

3:「満塁男」

通算満塁ホームランは17本。勝負強さは目を見張るものがあった(写真は韓国代表のもの)
通算満塁ホームランは17本。勝負強さは目を見張るものがあった(写真は韓国代表のもの)【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 2000年にハンファに入団しプロ生活をスタートした李ボム浩は、韓国KBOリーグでの19年間で通算329本塁打(歴代5位)を記録。そのうち17本が満塁ホームランだった。これは韓国歴代1位を誇る。


 13日の引退試合に6番サードで先発出場した李ボム浩には、その称号にふさわしい場面が3打席目に訪れた。


 3対7でKIAが4点を追う5回裏2死、ランナーは満塁。一発出れば同点だ。ここで李ボム浩は、カウント1ボール2ストライクでハンファの先発ワーウィック・サーポルトが投じた、139キロのカットボールをとらえた。打球はレフトへ。しかし伸びのないボールは左翼手のグラブの中に収まり、李ボム浩は現役最後の打席を終えた。


 李ボム浩は試合後、この場面を「三振だけはしないようにと思ってあせったら、スイングの始動が早かった。バットの先だった」と振り返った。自身の持つリーグ記録更新とはならなかったが、最後まで満塁に愛された男だった。

4:「チャンスに強い」

2009年のWBC決勝戦では、9回に値千金のタイムリーを放った
2009年のWBC決勝戦では、9回に値千金のタイムリーを放った【写真:ロイター/アフロ】

 李ボム浩が日本に行く以前、ハンファでチームメートだった金泰均(キム・テギュン、元千葉ロッテ)は李ボム浩のことをこう評した。


「いつも誠実で一生懸命。そしてチャンスで強かった。4番の自分がチャンスを逃しても、後ろでかえしてくれた」


 その李ボム浩の勝負強さによって今なお、語り継がれる名場面が生まれている。


 今から10年前、日本と韓国が対戦したWBC決勝戦。日本が1点リードの9回裏2死一、二塁で、韓国の6番・李ボム浩は日本の3番手・ダルビッシュ有(カブス)から三遊間を破る同点タイムリーを放ち、土壇場で延長戦へと持ち込んだ。


 そして延長10回表日本の攻撃。それまで不振だったイチロー(元マリナーズ)にチャンスが回り、イチローは林昌勇(イム・チャンヨン、元東京ヤクルト)からセンターに決勝打を放った。もし、9回裏に李ボム浩が凡退し、その時点で試合が終わっていたら、イチローの伝説のシーンは生まれていなかった。


 イチロー、林昌勇、李ボム浩。この歴史的場面の立役者は偶然にも今年、いずれも現役引退を表明している。

今秋、海外でコーチ研修を受ける予定

かつてハンファ、代表チームで共に戦った李ボム浩(中央)と金泰均(右)。左はハンファの主将・李性烈
かつてハンファ、代表チームで共に戦った李ボム浩(中央)と金泰均(右)。左はハンファの主将・李性烈【写真:KIAタイガース】

 李ボム浩について、金泰均をはじめ多くの後輩たちが「まだやれる」と口をそろえる。しかし本人は「やるべきことはすべてやった」と言い、自らが身を引くことで若手選手に機会を与えることを選んだ。


 李ボム浩は今秋、海外でのコーチ研修を受け、来年以降、指導者として活動することに意欲を持っている。


「韓国の若手にいい打者はいるが、ボールにバックスピンをかけて打つ技術を知らない。これからもっと研究して、(KIA)タイガースに指導者として戻ってきた時に、長打を打てる選手を作ることが最大の目標だ」と話した。


 李ボム浩の手によって一発が打ててチャンスに強い、花がある選手が現れる日が楽しみだ。

室井昌也
室井昌也

1972年、東京生まれ。韓国プロ野球の伝え手として、2004年から著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』を毎年発行。韓国では2006年からスポーツ朝鮮のコラムニストとして韓国語でコラムを担当し、その他、取材成果や韓国球界とのつながりはメディアや日本の球団などでも反映されている。ストライク・ゾーン取締役社長。

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