悲願校
稚内大谷は出れば「最北出場校」を更新
北海道唯一の甲子園未踏地、名寄支部の雄

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最果ての国境の街から甲子園へ。稚内大谷には「夏の決勝で3度サヨナラ負け」という悲運の歴史がある
最果ての国境の街から甲子園へ。稚内大谷には「夏の決勝で3度サヨナラ負け」という悲運の歴史がある【田澤健一郎】

 北海道に、まだ甲子園出場校がない地区の有力校として、長く健闘を続けているうえに、夏の北北海道大会の決勝で悲劇的な敗戦を繰り返している、悲願校がある。さらに、その高校の甲子園出場が叶えば、最北端甲子園出場校記録の更新もほぼ確実。まさにロマンと物語性に満ちた悲願校らしい悲願校。その高校を訪ねる旅は、北海道の大地の広さを味わうことから始まった。

40年前から地区の期待を一身に背負う存在

 札幌からクルマでも電車でも約5時間。同じ北海道にありながら、新幹線で東京〜新大阪間の2倍の時間を要する。日本最北端、稚内とはそういう地にある街だ。稚内駅を降りると、目の前は稚内港。かつて大勢の人々が樺太(サハリン)に行き来するために、この港から連絡船に乗り込んだ。今も港から海を眺めれば、宗谷岬の方角に見えるのは樺太の姿。市内の道路標識には日本語と英語の表記のほかロシア語表記が並ぶ。


 国境─―ここが日本の最果てであることを強く意識させられる街。そして、北海道、いや日本でも有数の「悲願校」が初の甲子園を目指して白球を追っている街。


 高校は稚内大谷という、1963年創立の私立校である。


 もともと女子校として誕生した稚内大谷の野球部は、学校の共学化に伴い1969年に創部された。北海道の高校野球界は、支部と呼ばれる10の地区に分かれる。行政区では宗谷管区の稚内大谷だが、属している支部は名寄。夏の49地区では北北海道大会を戦う。


 名寄支部は、現在、北海道で唯一、甲子園出場校を出していない地区だ。支部内、どの高校が出場しても、その時点で日本最北端出場記録を更新する。稚内大谷は、その期待を一身に背負う存在である。それも、40年も前から。

田澤健一郎

1975年生まれ、山形県出身。高校時代は山形県の鶴岡東(当時は鶴商学園)で、ブルペン捕手や三塁コーチャーを務める。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターに。野球などのスポーツ、住宅、歴史などのジャンルを中心に活動中。共著に『永遠の一球 〜甲子園優勝投手のその後』(河出書房新社)など。

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