- Baseball Geeks
- 2019年6月24日(月) 11:00
トラックマンやスタットキャスト(Statcast)に代表されるトラッキングシステムの導入により、野球界には「革命」が起こっています。見えなかったものが見えるようになり、野球の「真実」が、徐々に解き明かされ始めています。
連載「それってホント? 野球の定説を検証」では、「あのときの僕」が信じていた野球の定説をデータやスポーツ科学を使って検証。観る人・プレーする人・支える人すべてに、野球の真実・野球の新たな面白さをお届けします。
第6回は「球持ちの良さの重要性」について。
「エクステンション」とは

「あの投手は球持ちがいいから、いい投手」「打者の近くでボールをリリースしろ」
このように「球持ち」を肯定する指導者や解説者の言葉を耳にしたことがあるだろう。今回は2018年のメジャーリーグのデータを使って球持ちの秘密を探っていきたい。
今回は「エクステンション」というデータを使う。これは、ボールリリース時のピッチャープレートからリリース位置までの「ホームベース方向の」距離である。イメージとしては、投手の真上(上空)から見たプレートとリリース位置の差である。この位置はあくまでマウンドを基準にした距離であるため、いわゆる球持ちとは厳密には一致しないことに留意しつつ分析を進めていく。
打者に対する「球持ち」の効果
効果を検証する前に、なぜ指導者や解説者が球持ちを肯定するかを考える。球持ちを支持する理由として、以下の2つが考えられる。
ひとつは「相手打者の打ちにくさ」、もうひとつは「投手が投げるボールの良しあし」だ。本稿では18年に投球された全ての4シーム、約25万球を対象に、エクステンション1センチ毎の各データの変化を分析。投打の両面から球持ちの効果を考えていく。
まず、エクステンションの長さが相手打者にどのような影響を与えているのかを見ていく。
下記はエクステンションと平均被打球速度の関係。バラツキが大きいものの、少しずつ被打球速度は低下している。

また、空振り割合との関係を見ても、エクステンションが大きくなるにつれて少しずつ空振りが増加していることがわかる。

これらの結果を総合すると、わずかではあるものの定説通り「球持ちが良いボールは打者が打ちにくい」ように感じる。しかしながら、これだけで安易に「球持ちの効果」を判断してはならない。本当に球持ちの効果であるかという問題を考えなければならないのである。
投げるボールの「球持ち」の効果
次に、投手のボールという観点からデータを見てみたい。
下記にエクステンションと平均球速の関係を示した。

平均を超えるあたりまでは球速が高まっている。力積(力が作用した時間と、その力との積)の観点から考えると、エクステンションが大きくなるにつれボールに長い時間力を与えることとなり、スピードが高まりやすいのかもしれない。空振り割合は球速と高い相関にある。先述した空振り割合にも少なからず球速の効果が影響していると推察される。
続いて、エクステンションとリリース高の関係を見る。

エクステンションが大きくなるにつれて、リリース高が低くなっている。おそらく、オーバーハンド・スリークオーターハンドの投手がいわゆる「前」でボールをリリースしようとするにつれて、リリース高は低くなっていくのであろう。
リリース高が低くなると、打者に向かうボールの入射角は小さく(水平に近く)なる。速球はボールの入射角が小さくなるにつれて、空振り割合が高まることも分かっており、こちらも同様に空振り割合に影響している可能性が高い。
一度整理すると、エクステンションが大きくなるにつれて空振り割合は増加している。しかし、それらには球速や入射角度の効果が影響している可能性が見られ、必ずしも球持ち「だけ」を肯定するデータとはなり得ないということである。