連載:井上尚弥、さらなる高みへ

井上の圧勝劇を田中恒成はどう見たか 勝負の決め手は「左フックの角度」

船橋真二郎

田中が語る井上の「一番のすごさ」とは?

アマチュア時代から大きな期待を集め、その期待に応え続けてきたところ。それが田中の思う井上の「一番すごいところ」だ 【Getty Images】

 二つ年上の井上の存在は、ともに出場した2008年の第1回全国U−15ジュニアボクシング大会で初めて知った。高校時代は兄の亮明(りょうめい)が4戦し、一度も勝てなかった相手だった。アマチュア時代から周囲の大きな期待を集め、期待以上の結果を残す井上の姿を見てきた。プロになってもそれは変わらない。それこそが井上の「一番のすごさ」と田中は言う。

 特に連続1ラウンドKOで迎えた今回、周囲の期待を過剰に抱え込んでしまったことは、調子を崩し、1カ月間、スパーリングを休んだことにも表れている。

「周りも1ラウンドKOしかイメージが湧かないし、自分自身のなかでもどこかで1ラウンドで決めないといけない、という気持ちが出てくるなかで、ボクシングが崩れたということだったと思います。それでも最終的に心身ともに仕上げてきた印象が(試合前の)インタビューを見てもありましたし、間違いなく難しい精神状態のなかで、結局すべての試合で崩れていないというのが、すごいところですね」

 高い能力を持っていても心が伴わなければ、力は発揮できない。加えて初のイギリスのリングで、現地での注目度の高さ、期待の大きさを感じながらの試合でもあった。その大舞台でも井上自身も口にした「平常心」に持っていけることこそ、“モンスター”なのかもしれない。

井上は「目指す場所を引き上げてくれる人」

インタビューに答えてくれた田中にとって、井上は「目指す場所を引き上げてくれる人」だという 【船橋真二郎】

 田中もまた井上の6戦目を破る国内最速記録の5戦目で世界奪取。井上と並ぶ8戦目で2階級制覇。ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と並ぶ世界最速タイ記録の12戦目で3階級制覇を果たすなど、常に目の前の一戦に勝つ以上のプレッシャーのなかで期待に応えてきたからこそ、井上のすごさが理解できる。その一方で井上の試合を見るたびに「このままじゃダメだと思わされる」のだという。

「オレのなかで誰の試合より刺激を受けますね。近づきたい、超えたいと思いながら、どんどん差が広がって。よく言う『強い選手と戦い続けたい、ランキング下位じゃなくて、上位とやりたい』とか。尚弥さんは、そういう次元をさっさと卒業して、最先端をぶっちぎりで行っているので。オレも『こんなところを目指してちゃいけない』といつも思い知らされますし、目指す場所をいつも引き上げてくれる人ですね」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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