フライデーナイトJリーグ

高萩洋次郎をプロに導いた助言
立場変われど、今も続く恩師との往復書簡

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中学生のころからさえた判断力と戦術眼

恩師である高田豊治さんは、早くから高萩洋次郎の技術、判断力、戦術眼の高さを買っていた
恩師である高田豊治さんは、早くから高萩洋次郎の技術、判断力、戦術眼の高さを買っていた【佐野美樹】

 小学校高学年のとき、意を決してJヴィレッジサッカースクールに通い始めた高萩洋次郎には、パーソナリティー以外にも課題はあった。端的にはフィジカルだ。


「ひょろひょろです(笑)。ひゅう、と吹けば飛んでしまうようなひょろひょろな子でした。しかし、ボールタッチは柔らかく、ボールをこねるのはすごく好きでした」

 当時、彼を指導していた高田豊治さんがこう言うように、技術は高いが、筋力のないもやしっ子という姿が、小学6年生から中学1年生にかけての“高萩像”だった。つまり、ボールを遠くには飛ばせない。


 ただ、この点に関しては年齢が解決した。中学2年生から3年生にかけての成長期に、20メートルから25メートルの長く強いパスを正確に蹴ることができるようになっていた。


 メンタルはさておき、フィジカルと技術が整ったとすると、残る要素は判断や個人戦術の領域になる。実はこの点でも、高萩は早々にさえを見せていた。小学6年生の3学期に福島県選抜の一員として臨んだJヴィレッジ雨天練習場での練習試合で、高萩は前半、ラストパスにこだわり、シュートを打てる場面でも打たない傾向にあった。そこで高田さんは、ハーフタイムになったとき、戻ってきた高萩に「洋次郎、ゴールが見えたらシュートを考えてごらん」とアドバイスを送った。すると後半、前半と同じようにゴール前に持ち込んだ高萩は、迷わずにシュートを打ち、見事に決めたのだという。高田さんは「この子はすごく吸収力があるなと思いました。強い印象として残っています」と、舌を巻いた。

後藤勝

サッカーを中心に取材執筆を継続するフリーライター。FC東京を対象とするWeb/メールマガジン「トーキョーワッショイ!プレミアム」(http://www.targma.jp/wasshoi/)を随時更新。著書に小説『エンダーズ・デッドリードライヴ 東京蹴球旅団2029』(カンゼン刊 http://www.kanzen.jp/book/b181705.html)がある。【Twitter】@TokyoWasshoi