男女を超越するストライカー・菊島宙 恐怖心を克服し、5人制サッカーの星へ

宮崎恵理

アイマスクに慣れてしまえば、難しいことではない

最初は恐怖心があった5人制サッカーだったが、アイマスクの感覚に慣れると一気に才能を爆発させた 【提供:日本ブラインドサッカー協会/鰐部春雄】

「初めてアイマスクをした時、もう自分がどこにいるのか、どっちを向いているのかが分からない。怖くて一歩も動けませんでした」

 5人制サッカーではサイドライン沿いに高さ1メートルほどのフェンスがある。フェンスに跳ね返ったボールでゲームが続行するほか、選手は自分の位置をフェンスで確認できる。

「最初は、フェンスにへばりついたまま、ピッチの真ん中に出ていくことができませんでした」と、菊島は始めた頃の自分を振り返る。

 フェンスに触ったままパスを出してもらえばキックできる。ゴールスローの時だけフェンスから少し離れてボールの音に向かって立ってみる。そんなことを繰り返しながら、少しずつ動ける範囲を大きくしていった。

 中学2年の時、東日本リーグの大事な試合の日に、男子の日本代表として活躍する加藤健人がケガで出場できず、菊島が代わりにスタメンでピッチに立った。

「いつもパスを出してくれる先輩がいない。もう、やるしかない!」

 恐怖心を振り切ってピッチに出ると、想像以上に暴れることができた。

 その試合で5人制サッカーとしてのプレーに覚醒した菊島は、水を得た魚のように一般のサッカーで培ってきたテクニックを開花させる。

「普通のサッカーをやっていた時にも、実際には見えていない状態でボールの速度や距離を感覚としてつかんでいたので、アイマスクに慣れてしまえば、見えないことがそれほど難しいことではないと思えるようになったんです」

 練習や試合でアイマスクをする前に、まずはピッチ全体を頭の中に思い描く。そこからゴールを置いて、ゴール裏にガイド、ベンチにコーチ、それから自分を含めて選手がピッチのどこにいて、という位置関係を視覚的にイメージする。その上で、ボールの音と選手たちの気配、指示の声を立体的に受け止めて、音に向かって全力疾走する。

 中学3年で出場した17年の日本選手権で、埼玉は準優勝。菊島は大会通算で10得点を挙げた。同年5月にはオーストリアで5人制サッカー女子初の国際大会が開催され、菊島は女子日本代表の主軸として出場。参加4チーム中、日本は初代チャンピオンとなった。さらに、18年の日本選手権では、3位決定戦でハットトリックを達成。通算12得点をマークし、最多得点賞に輝いた。

 まさに、菊島はエースストライカーとしての働きを見せている。

夢はパラリンピック出場

現状のパラリンピックにおいて、5人制サッカーの採用種目は男子のみ。いずれ来るかもしれない男女混合種目、女子種目の採用を見据えて、己のテクニックを磨き続ける 【提供:日本ブラインドサッカー協会/鰐部春雄】

 5人制サッカーならではの見どころについて、菊島はこう語る。

「目が見えなくてもボールを蹴ることができるし、人とぶつかり合いながらサッカーができる。大会では、観客は選手が音を聞くために静かに観戦します。でも、シュートが決まった瞬間にスタンドとピッチが一斉にわーっと盛り上がる。それを一緒に楽しんでほしいなと思います」

 そんな中、自身が注目してほしいのは、

「ドリブルからのシュート!」

 18年より国際試合「さいたま市ノーマライゼーションカップ」は、男子日本代表から女子日本代表が出場するものに変わった。昨年は5人制サッカーの強豪国であるアルゼンチンを招へいし、7−3で勝利。今年も2月23日、世界の選抜選手が集まるチームが来日し大会が行われる予定だ。

 菊島の夢は、もちろんパラリンピックに出場し優勝すること。

「女子の種目ができれば最高ですが、男女混合チームとして参加できるようになったら、男子チームに混じって出場したいです」

 夢が実現するその日まで。己のテクニックを磨き続け、日本の底上げに貢献していくのだ。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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