入れ替え戦に救われた磐田と指揮官の安堵 J1参入プレーオフを終えて思う

宇都宮徹壱

新しいレギュレーションに救われた磐田

磐田の名波監督。現役最後の年に入れ替え戦を、そして監督最初の年にPOを経験している 【宇都宮徹壱】

 12月8日、土曜の朝の東京駅。新幹線こだまの乗車時間をホームで待つ間、コートの内側からグリーンのユニフォームがチラリと見える女性を2人も見かけた。この日は14時から、ヤマハスタジアムにてJ1参入プレーオフ(PO)決定戦が行われる。今季のJ1をまさかの16位で終えたジュビロ磐田が迎えるのは、1回戦と2回戦をいずれも劇的な展開から1−0で競り勝ってきた東京ヴェルディ。勝てば11年ぶりのJ1復帰となるだけに、サポーターの士気はかつてないくらい高まっているはずだ。

 一方、迎える磐田のサポーターは、どんな心持ちでいるのだろう。そんなことを考えながら、今年一番のお気に入りの小説、津村記久子の『ディス・イズ・ザ・デイ』を移動中に読み返してみた。作品の舞台は、日本の国内リーグ2部。22チームで運営されていて、昇格PO制度もある。出てくるクラブはいずれも架空のものだが、実在のJクラブをモデルにしたものも散見される。前年の昇格PO決勝、土壇場で相手GKのヘディングシュートで逆転され、2部での戦いをもう1年強いられることになった「ヴェーレ浜松」は、磐田をモデルにしたものだ。以下、小説に描かれたサポーターの心情を引用する。

《忍と和敏も、スタジアムでその試合を観ていた。お互いに、何の言葉もかけ合うことができず、地元の駅まで一言も話さずに帰った。家に帰り着く直前、和敏が、今日浜松が引き分けられるんなら明日自分がいなくなってもいいと思っていたのに、と呟いた時の外気の寒さと街灯の光の冷たさを、忍は今も昨日のことのように思い出すことができた。》

 実際の磐田は、2013年シーズンに初のJ2降格を経験。翌14年、1年でのJ1復帰を目指したものの、4位でPOに回って6位のモンテディオ山形と準決勝で対戦する。1−1で迎えたアディショナルタイム、CKから山形のGK山岸範宏に勝ち越しゴールを決められ、そのままタイムアップ。この年の途中から指揮を執ることになった名波浩監督は、あまりの悔しさのためであろう、ほとんど言葉を発することなく会見を終えている。あの試合を目撃したサポーターもまた、小説に描かれたような心持ちで帰路についたのではないだろうか(ちなみに作者の津村によれば、友人の磐田サポーターから聞いた話をベースにしたそうだ)。

 続く15年は2位で自動昇格を果たしたものの、J1での3シーズン目となった今季を16位で終える。最終節を迎えるまでは13位だったが、すでに優勝が決まっていた川崎フロンターレにオウンゴールで逆転され、勝ち点を伸ばすことができず。同じ41ポイントに5チームが並ぶ中、最も得失点差が低い磐田がPOに回ることとなった。前年のレギュレーションであれば、そのままJ2降格となっていただけに、「救済されたと思って全力でやりたい」と名波監督。磐田のサポーターも、前回のPOの悲劇を何とか払拭(ふっしょく)したいと願いながら、この日を迎えたのではないだろうか。

入れ替え戦とPOを経験している名波監督

J1残留を懸けて一致団結する磐田のゴール裏。4年前のPOを記憶するサポーターも少なくない 【宇都宮徹壱】

 キックオフ90分前に会場に到着。《12番目の選手達よ 今日の勝利は俺らの声にかかっている。》という、磐田サポーターによる横断幕が目に飛び込んでくる。ホームのゴール裏では「今年1年の悔しさを、この試合にすべてぶつけて来年もJ1で戦いましょう!」と、磐田のコールリーダーがあいさつ。呼応するように、盛大な「ジュビロ磐田!」コールが繰り返された。対する東京Vサポーターも、ビジター側のスタンドをグリーン一色に染め上げて気合十分。冷たい風が吹き付けるものの、決戦の舞台は整った。

 さて、今季からPOが「昇格」から「参入」となり、レギュレーションが大きく変更されたことについては先に触れたとおり。前年までは、J2の3位から6位までが準決勝と決勝を戦い、連勝すれば(上位チームであれば引き分けでも)、そのまま昇格することができた。しかし今季からは新たに、J1・16位との一発勝負の入れ替え戦が加わった。実はPO制度が導入される以前、04年から08年までの5シーズンにわたり、J1・16位とJ2・3位による入れ替え戦が行われている。しばらく途絶えていたものの、今大会から部分的に入れ替え戦が復活することとなった。

 くしくも磐田は、最後の入れ替え戦にも出場している。結果は、ベガルタ仙台に1勝1分けでJ1残留。とはいえ、それまで2桁順位でシーズンを終えた経験がなかった名門ゆえに、08年の入れ替え戦を屈辱と感じたサポーターも少なくなかっただろう。ちなみにクラブ黄金時代の体現者である名波は、このプレーオフ2試合を出番なくベンチで見守っていた。現役最後の年となった10年前には入れ替え戦を、そして監督最初の年となった4年前にはPOを、それぞれ経験している磐田のレジェンド。この試合を迎えるにあたり、さまざまな思いが胸中に去来していることだろう。

 その磐田のスターティングイレブン。おおかたの予想に反して、FW川又堅碁とMF中村俊輔がベンチスタートとなった。代わって、FW小川航基とMFアダイウトンをスタメン起用。のちに指揮官が明らかにしたところでは、川又はコンディション不良、中村は練習中に捻挫したそうだ。しかし磐田は今週、完全非公開の練習を続けていたため、これらのアクシデントが表に出ることはなかった。一方の東京Vは、PO2回戦からメンバーを2人入れ替え、大一番に臨んだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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