入れ替え戦に救われた磐田と指揮官の安堵 J1参入プレーオフを終えて思う

宇都宮徹壱

小川航のPKで先制し、田口のFKで試合を決める

小川航のPKで先制した磐田は、後半にも田口の直接FKが決まり、試合を決定づけることに成功 【宇都宮徹壱】

 試合が始まると、序盤から磐田は果敢にプレスをかけてきた。特に効いていたのが、前線で小川航とツートップを組むFW大久保嘉人。東京Vの3バックとボランチの間隙(かんげき)を突くような動きを随所に見せ、相手のマーカーを引き出しながら味方のスペースを次々と生み出してゆく。前半15分にはペナルティーエリア手前から際どいシュートを放ち、21分にはダイアゴナルに走り込んできたMF山田大記にふわりと浮かせたラストパスを送る。しかしそれ以外はスペースを作ったり、あるいは前線から積極的にボールを狩ったりと、ひたすら周囲を生かす脇役に徹していた。

 前半40分、右サイドで山田が送った縦パスに小川航がフリーで抜け出す。しかし、ペナルティーエリアでボールをコントロールしようとした刹那、飛び出してきた東京VのGK上福元直人に倒された。主審はすぐさまPKの判定。キッカーは小川航が自ら志願し、上福元の逆を突いてゴール左にきっちり沈める。時間は41分。もちろん、まだまだ東京Vが挽回できる時間は十分に残されている。しかしPOの場合、上位チームは引き分けでも「勝利」。磐田にとっては、実に大きな意味を持つゴールであった。

 最初にカードを切ってきたのは、1点ビハインドの東京Vである。ハーフタイムで、1枚イエローをもらっていたMF梶川諒太を下げてMF渡辺皓太。そして後半1分、FWドウグラス・ヴィエイラに代えてFWレアンドロを投入する。レアンドロは、J1得点王に輝いたヴィッセル神戸時代の16年、磐田を相手にリーグ戦2試合で計4ゴールを挙げていた。さらに後半19分には、最後のカードとしてFW李栄直をピッチへ(OUTはFW奈良輪雄太)。しかし東京Vのシュートは、レアンドロが放った2本のみ。後半20分の至近距離からのシュートは、この試合唯一のビッグチャンスだったが、磐田GKカミンスキーのブロックに阻まれてしまう。

 それでも後半は、磐田のプレッシングが次第にゆるくなり、東京Vが相手陣内に攻め込む時間帯が増えてゆく。そんな中、磐田は後半35分にFKのチャンス。これをMF田口泰士が右足で蹴り込むと、壁に入っていた味方選手がおじぎをするようにコースを作り、ボールはそのままゴール左に吸い込まれてゆく。このゴールと前後して、磐田ベンチは次々とカードを切り、アディショナルタイムには中村が登場。ほとんどボールに触ることはなかったが、スタンドを盛り上げる役割をしっかり果たした。そしてタイムアップ。2点のリードを守りきった磐田が、J1残留を果たした。

来季のJ1を戦うに相応しいチームは磐田であった、けれども

来季もJ1で戦うことが決まった磐田。脇役として抜群の働きを見せた大久保(左から4番目)もこの喜びよう 【宇都宮徹壱】

 終わってみれば磐田の完勝であった。16位でPOに回ったものの、それでもJ2の6位との地力の差は明らか。POに入ってからミラクルを連発した東京Vは、勢いだけでは乗り越えられない「格の違い」というものを見せつけられることとなった。しかし、名波監督の表情に笑顔はない。「チームとしては必要のなかった試合。この1週間のせいで、選手との契約でクラブにも迷惑をかけたかもしれない。責任はこの僕にあります」と、さながら謝罪会見のような神妙な面持ち。残留というミッションを果たしたものの、喜びよりもむしろ自責の念のほうが強く感じられた。

 ところでJ1昇格POは第1回から取材しているが、今回はこれまでになく盛り上がりを欠いた終わり方に感じられた。そもそも昇格と残留とでは、喜びのベクトルが全く異なる。従来のPOに入れ替え戦を加えたのは、いささか欲張りすぎだったのではないか。個人的にはPOと入れ替え戦とは、全く別物だと考えている。興行として盛り上げたいなら従来のPOで十分だし、J1のレベルを維持したいのであればJ1・16位とJ2・3位がホーム&アウェーで入れ替え戦を行えばいい。少なくともJ1・16位のホームでの一発勝負は、明らかに公平性を欠いていると言わざるを得ない。

 今回の東京Vの場合、過去のPO勝者よりも3カ月以上早く、J1クラブとの公式戦に挑むこととなった。これまでPOで昇格した6チームのうち、翌シーズンの第1節に敗れていないのはセレッソ大阪と名古屋グランパスのみ(いずれもJ1残留)。これは決して偶然ではなく、POで昇格したチームがJ1の環境にアジャストするには、それなりに時間を要すると考えるべきであろう。ましてやJ2仕様の戦力のまま、J1クラブに戦いに挑むのは(しかもアウェーの一発勝負で)、東京V以外のチームでも無理筋だったように思えてならない。

 この1試合だけを見れば、来季のJ1を戦うに相応しいチームは磐田であった。その事実を重々認めた上で、ロティーナ監督の下で学んだ若い選手たちが、J1でさらに成長する姿を見てみたいという思いも捨てきれない。その場合、東京Vが1年でJ2に逆戻りする可能性は否定できないだろう。しかし長い目で見れば、その1シーズンでの経験を経て、新たなタレントが生まれる可能性も十分に考えられる。J2からJ1への昇格が2チームとなったのは、磐田が入れ替え戦に勝利した08年以来10年ぶり。再び残留を決めた磐田を祝福しつつも、今大会のレギュレーションには一抹の割り切れなさを拭えずにいる。

<文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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