清宮が“男”と認めた早稲田実・野村
小さな偶然が導いたプロへの道

6歳で憧れたエンジのユニホーム

早稲田実1年から清宮のあとの4番を打ち、1年秋の都大会決勝ではサヨナラ2ランを放つなどビッグゲームに強かった野村。憧れというOB王氏が会長を務めるソフトバンク3位で指名された
早稲田実1年から清宮のあとの4番を打ち、1年秋の都大会決勝ではサヨナラ2ランを放つなどビッグゲームに強かった野村。憧れというOB王氏が会長を務めるソフトバンク3位で指名された【写真は共同】

 早稲田実の野村大樹がドラフト会議で、同校OBでもあり、憧れている王貞治氏が会長を務める福岡ソフトバンクから3位指名を受けた。


「素晴らしいチームに指名されてホッとした。涙が出そうになりました」


『セレンディピティ』という英語の造語があるそうだ。小さな偶然をきっかけに大きな幸運をつかみとる、ということを意味するらしい。野村のドラフト指名までには、そんなストーリーがあったように思う。


 まず、小さな偶然とは6歳の時に甲子園に行ったことだ。野村は小学校に上がる前の年に祖父に連れられて甲子園で初めて高校野球観戦をした。それが2006年夏、早稲田実vs.駒大苫小牧の決勝と決勝再試合。白地にエンジの校名のユニホームが好きになって、入りたいと思うようになったそうだ。


 兵庫県宝塚市育ちで、関西の強豪・大阪福島シニアで中川卓也(大阪桐蔭)、増田陸(明秀日立/巨人ドラフト2位)らと腕を磨く。そして中学3年、2015年夏、清宮幸太郎(北海道日本ハム)が1年生で早稲田実がベスト4になった大会も4試合を見たという。


「4番の加藤さん(雅樹/早稲田大3年)が抜けるんで来年は自分が打ちたいと思いました」


 思い描いた通り、早稲田実に入学し、今は高校野球をやり抜いた。

プロを意識した1年秋の神宮大会

 この2年半、野村とゲーム後の囲み取材などで何回か話を聞いてきた。その中で、印象深い言葉がある。


「冬の練習はきついです。淡々としたウエートトレーニングなどのメニューが多いので。手を抜くこともできます(笑)。でも、自分は変わろうと決めたんで」


 2年春のセンバツ前の取材だった。1年上の清宮主将がスローガンを「GO GO GO」と決めて、ウエートトレーニングを増やして体重5キロ、野手は飛距離5メートル、投手は球速5キロアップを目指したのだ。野村もその時は体重も増えたし、太もも周りも何センチか太くなってジーンズが入らなくなった、と言っていて、身体が大きくなったことを教えてくれた。


 その後も変わったことはいくつもあった。ポジションも入学以来、サード、キャッチャー、サードと変わったし、打順も4番から最後は3番に。2年夏からはキャプテンも務めて意識の持ちようも大きく変わっただろう。


 でも、一番変わったのはプロ野球の世界に入って、どれだけ真剣に野球と向き合いたいか、ということだったのではないか。


 野村がプロを身近に意識したのは、1年秋の明治神宮大会で準優勝した時、と言っている。「あの大会がプロを目指すきっかけになった。一つ上の先輩から打率5割以上、本塁打も打って自信になった(3試合で9打数5安打1本塁打6打点)」と。その大会を準優勝(優勝は履正社)で終えて、変わることに本気になったのだろう。

清水岳志

1963年、長野県生まれ。ベースボール・マガジン社を退社後、週刊誌の記者を経てフリーに。「ホームラン」「読む野球」などに寄稿。野球を中心にスポーツの取材に携わる。

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