連載:指導者として

【戸田和幸連載(8)】黄色のジャージを着て何を目指すのか Iリーグも最終盤、もう一度原点に

戸田和幸

雰囲気に圧倒されたトッテナム時代のマンU戦

選手たちが格上の選手と対峙した時は、自分がマンUと対戦した時と同じような感覚なのかもしれないと自分自身に重ね合わせます 【Getty Images】

 選手たちの側に立って彼らの目に映る景色を想像した時、国士館や法政の選手たちと対峙した時にどんな気持ちになるのだろうかといつも想像する努力をします。
 自分自身に重ね合わせたとして、それはマンチェスター・ユナイテッド(マンU)と対戦した時と同じような感覚なのかもしれないと。

 僕はトッテナム・ホットスパーに1シーズン在籍した過去を持ちますが、4試合という結果しか残せなかったうちの一つにホワイトハートレーンでのマンU戦が含まれています。

 デビット・ベッカム、ライアン・ギグス、リオ・ファーディナンド、ギャリー・ネビル、ポール・スコールズ、ルート・ファン・ニステルローイ。
 世界的な名手が揃う世界での指折りのチームと対戦した時、昂る自分をコントロール出来ず、目の前に立つ世界トップの選手たちの持つ雰囲気に圧倒されました。

 緊張が強くなれば体は動き辛くなり視野も狭くなります、息も上がりやすくなります。
 一つミスをするとこの先ずっとミスが続いてしまうんじゃないかという大きな不安に襲われます。

 当時の僕はそこから上手く抜け出す事が出来ず、タスクであったスコールズの自由を奪う仕事を完遂出来ずに途中交代に終わりました。

 もし今僕が指導をしている学生達が、格上の相手選手たちを目の前にした時に当時の僕と同じような状態になっているのだとしたら、指導者としてどんな言葉を掛けてあげるべきか。
 考えに考え出てきたものが「自分たちにコントロール出来る事にフォーカス」し、「結果ではなく過程にのみ意識を向ける」事でした。

惜しい試合は幾つもあり、素晴らしい体験も

 サッカーはミスのスポーツです。ボールを足で扱うからこそ、当たり前にミスは起こります。

 だからこそミスをしてがっかりしている暇はないし、素早く意識を切り替えて奪われたボールはまず奪い返しに、奪えないのだとしたらゴールを守る事から始めなくてはなりません。

 ミスは起こるけれども、結果に大きく影響するようなミスは起こさないよう、局面局面で困る事が少なく済むようにオーガナイズしておく必要があります。

 サッカーには自陣・中央・敵陣とゾーンが3つあったとして、敵陣と中央の2つのゾーンまではボールを奪う為のアグレッシブさが必要、1stDFが決まり奪いに行く為の局面を作れた時には絶対に逃がすなという約束事があり、強く対応した結果ファウルになってしまってもOKだという伝え方をしています。
 自陣に一番近いゾーンにおいてはファウルになるような無理なチャレンジはせず我慢強く対応し、味方のサポートを待つ事を義務付けています。

 それでも後ろ向きの相手に対し無理なチャレンジをした結果入れ替わり、PKを与える事もありました。
 また自陣で後ろ向きの状態でボールを扱う場合は個人で解決せずに、前向きな選手にシンプルに落として前進を図ろうという約束事も設けていますが、視野の確保が出来ていない状態で無理なプレーを選択しロスト、ショートカウンターで失点という事もありました。

 約束事として設けてある事から逸脱したプレーを選択し、その一つの大きなミスから失点し勝ち点を奪えずに終わる経験を何度もしてきました。

 そういった大きな失敗を見た時に、指導者として当然大きなストレスを感じます。

 勝敗に直結する部分に関しては時に強い口調で指摘をする事もあります、それでも最終的に行き着く場所は。

「お前の指導が足りていないんだよ」という事です。

 選手たちにCチームとして目指すサッカーの全体像を見せ、一つの方向に向かせたのは僕です。

「今までやった事のないサッカーに、新しいサッカーに挑戦しよう」とけしかけたのは
僕です。

 これまでにも惜しい試合は幾つもあり、後期はまだ一つしか勝てていないものの産業能率大との試合では終了間際に追いつきラストプレーでひっくり返すという素晴らしい体験もしました。

 チームとして共有したものがなければ決して起こる事のない現象だと思います。

 それとは裏腹に、勝てばストレートで残留が決まる可能性を最終節まで残す事が出来た拓殖大との試合では、明らかに雰囲気に呑まれてしまった選手が何人も出てしまい0−3。
 トレーニングで準備してきた事を十分に発揮出来ずに敗れ、残留を懸けたトーナメントへ進む事が決まりました。

 指導者として試合を振り替える時、試合前日までのトレーニングが嘘のように弱気なプレーが続いてしまった理由を自分に求めます。
 自分の顔付き、ミーティングでの雰囲気、選んだ言葉、試合中の采配、全てを見直しています。

 勝ちたいと思わない選手は存在しないはずの試合で、勝利への強い欲求を示す事が出来ず、対峙する相手に対して恐れを抱いてしまった原因はどこにあるのか。

 こうした試合は今シーズン度々ありましたが、ピッチに送り出した者として何が足らなかったのかずっと考えています。

 時間をかけて積み上げてきたもの全てを携えて試合に臨み、それでも敵わなかったのであれば何も問題はありません。

 だからもう一度原点に立ち戻り、「黄色のジャージを着て何を目指すのか」からやり直そうと思います。

 まだリーグは終わっていません、残留を懸けたトーナメントも残っています。
 彼らの中に何かを残す為と、残留という目に見える結果を手にする為にもう一度やり直します。

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著者プロフィール

桐蔭学園高を卒業後、清水エスパルスに加入。2002年ワールドカップ日韓大会では守備的MFとして4試合にフル出場し、ベスト16進出に貢献。その後は国内の複数クラブ、イングランドの名門トッテナム、オランダのADOデンハーグなど海外でもプレー。13年限りで現役を引退。プロフェッショナルのカテゴリーで監督になる目標に向けて、18年からは慶應義塾大学ソッカー部のコーチに就任。また「解説者」というサッカーを「言語化」する仕事について、5月31日に洋泉社より初の著書『解説者の流儀』を出版

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